戦時中、京成がインドネシアで進めた「幻の」鉄道建設計画とは

第二次世界大戦中の国家による統制は鉄道やバス会社にも及びました。そのひとつ、京成電気軌道(現在の京成電鉄)が日本占領下の東南アジアで鉄道建設を命じられたことは、あまり知られていないかもしれません。その鉄道がたどった運命とは——。

インドネシアで資源開発を目的に

 京成電鉄が第二次世界大戦中、日本占領下の東南アジアで鉄道の建設を請け負っていた歴史は一般に知られていないかもしれません。

 鉄道やバス会社は1938(昭和13)年に国家総動員法や陸上交通事業調整法が制定されたことで国家の強い統制下に置かれます。そうしたなかで京成電鉄の前身、京成電気軌道も事業再編などを余儀なくされたほか、1943(昭和18)年には南方戦線の占領地域における資源開発を目的とした鉄道建設を国から命じられてしまいます。

京成電気軌道が鉄道を建設したインドネシアのマカッサルは人口およそ140万人の大都市(画像出典:CraftMAP/編集部で一部加工)。

 鉄道建設の現場となったのはインドネシアのセレベス島(現在のスラウェシ島)です。計画は同島の最大都市マカッサルを起点とした、南北およそ77kmの鉄道を建設するというもので、その目的は同島における飛行場建設に必要な資材を運んだり、石炭や石灰石などを港に輸送したりすることでした。

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