75年目の真珠湾、邦人は少なく 「勝ち戦」の視点から見る太平洋戦争の「幕開け」
太平洋戦争の「始まり」と「終わり」が一堂に
例年12月8日には、真珠湾攻撃を記念した慰霊祭が同地にて開催されます。そして今年は75周年という節目の年を迎えました。真珠湾は現在もなお米海軍の重要拠点ですが、基地の一部が一般公開されており、太平洋戦争の最初の一撃で沈んだ「アリゾナ」記念艦をはじめ、1945(昭和20)年9月3日に東京湾上で日本の降伏文書調印式が執り行われたアイオワ級戦艦「ミズーリ」が停泊、実際に乗艦して見学することができます。
また沖縄戦を前に、沖縄から本土へ疎開する児童たちをのせた輸送船「対馬丸」を魚雷によって撃沈、1500人あまりを死に至らしめたパラオ級潜水艦「ボーフィン」、そして、主に真珠湾攻撃や太平洋戦争をテーマにした軍用機の展示が充実する「太平洋航空博物館」などがあり、太平洋戦争の歴史をまる1日かけて学ぶことのできる観光スポットになっています。
常に多数の日本人観光客で賑わうハワイ州オアフ島。繁華街のワイキキはそれこそ日本かと錯覚さえ覚えるほどですが、一転してこの真珠湾では、日本人の姿をほとんど見ることができません。
ミズーリ号上の降伏文書署名は9月3日ではないし、開戦時、真珠湾にいた戦艦は8隻「あまり」もいなかったし、、、アリゾナの重油は「血」であるなら、汚染という言葉も使わない、普通の心を持つ人は。
アメリカ視点ということは日本が悪者になっているということ。誰がそんなところにわざわざ行くものか。
「ノーモア・ヒロシマ」といえば「リメンバー・パールハーバー」なのだが、戦争を勝者と敗者ではなく正義と邪悪で弁別すると、正義の行為は終わらない。
日本もまたアメリカの原爆により血を流し続けてます。
死者数も比べ物のならないくらいの数で、後遺症を持った方もすごい数です。