「はとバスのガイドの…」名前を聞いて「えーーっ!!」 まさかの本名 繰り出すスゴい話術

東京観光の定番「はとバス」。そのツアーの魅力を支えるバスガイドの話術や所作には、参加者を楽しませるための様々な工夫が凝らされていました。同行取材で見えたプロの技を紹介します。

「お客さまが鬼に見えた」ときも

 この後、はとバス本社ではガイド技能職の毛利さんと、日大国際関係学部の卒業生で2024年に事務総合職で入った武山桃菜さんが学生に自身の就職活動について説明しました。学生時代に総合旅行業務取扱管理者資格を取得した武山さんは旅行事業部手配・販売促進・旅程管理課に所属しています。

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はとバスガイドの毛利さん(矢嶋敏朗教授撮影)

 毛利さんはバスガイドを志す大きなきっかけとなったのが、跡見学園女子大学在学中に学生団体「日本学生観光連盟」に入って渉外部長を務めたことだったと振り返りました。活動の中で「人前で話すということをよくしており、結構慣れていた」ことに加え、もともと神社や寺院に興味があって観光を学んでいる中で「お客さまに伝えたいという思いが強くあり、バスガイドという職業を選びました」と説明しました。

 入社後初めての乗務の思い出を尋ねられると、「初期研修を1か月半ぐらい受け、試験に合格して初めて1人で乗務する時にはお客さまが鬼に見えるほど人生で一番緊張しました」と打ち明けました。

 担当したのは浅草と東京スカイツリーを訪れる半日の定期観光コースで、「案内もちょっとたどたどしいところもあったかと思いますけれども、お客さまがバスを降りる時に『これからも頑張って』とか、『また来るよ』とか、『今日はありがとう。すごく楽しい思い出になったよ』とか言われてうれしくて泣いていました」と明かしました。

 現在はすっかりバスガイド職が板についている毛利さんも、このように「お客様さまから直接お声をいただく機会を得られるのは大きなやりがいになっている」と強調します。

 故コロムビア・ローズさんの1957年に発表された歌「東京のバスガール」には、「『発車オーライ』 明るく明るく 走るのよ」という歌詞のリフレインがあります。明るく生き生きとツアー参加者に語りかけ、楽しい思い出と知識を得てもらいたいとのホスピタリティーを持ち、機転も利かせられる毛利さんの仕事ぶりは、70年近く前の歌詞が今日も健在なのを物語っていました。

【マジで同姓同名!?】はとバスガイドの「毛利」さん(写真15枚)

Writer:

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学フランス語学科卒、共同通信社に入社。ニューヨーク支局特派員、ワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。「乗りもの」ならば国内外のあらゆるものに関心を持つ。VIA鉄道カナダの愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。

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