丸ノ内線は「八重洲線」になっていたかも? 東京を駆ける地下鉄の名前あれこれ

鉄道路線の名称はおもな地名や地名を合成したものが主流ですが、地下鉄の場合は路線名を付けるのが難しいといいます。東京の地下を駆け巡る各線の名称はどのように決まり、どのように変わっていったのでしょうか。

路線名は体を表す

「名は体を表す」といいますが、路線名はその最たるものといっていいでしょう。

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東京~西銀座(現在の銀座)間が1957年に開業したときの丸ノ内線(画像:営団地下鉄)。

 ふたつの都市を直結するという意味合いが強ければ、「東横線」や「仙石線」など起点と終点の頭文字を取った名前になり、郊外から都心に向かっていく利用者が多い路線なら「池袋線」や「新宿線」などターミナルの名称が路線名に使われます。

 逆に著名な観光地に向かって建設された路線は「小田原線」「秩父線」「日光線」のように終着地を冠するケースもありますし、なかには「東上線」のように未成のまま終わった終着地(上州)を掲げ続けている路線もあります。

 近年では東武鉄道が路線と沿線のイメージ刷新を狙って、伊勢崎線に「スカイツリーライン」、野田線に「アーバンパークライン」という愛称を付与しました。都電荒川線にも2017年4月から「東京さくらトラム」の愛称が付けられたものの、まだまだ利用者に浸透はしていないようです。

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東武野田線は「アーバンパークライン」という愛称が付けられた(2017年9月、乗りものニュース編集部撮影)。

 路線名とは路線の性格、精神そのものであり、事業者が無理にイメージを変えようとしても、利用者が受け入れない限り定着しませんし、愛されないまま消えていった「愛称」も少なくありません。

地下鉄の路線名は難しい

 いっぽう、路線名を付けづらいのが地下鉄です。地下鉄の場合、上りや下りの概念はなく、経由するターミナルもひとつではありません。「東西線」「南北線」「中央線」など位置関係からの命名や、大阪の「御堂筋線」「堺筋線」などのように地上の通りに沿って作られた路線であれば分かりやすいのですが、万人が納得する名前を付けづらいのが実情です。

 諸外国では案内上の分かりやすさもあってか1号線、2号線といったように、都市計画上の路線番号をそのまま用いるケースも多いようです。東京でも都営地下鉄は長らく都営1号線、都営6号線と呼ばれていましたが、1978(昭和53)年に「都営新宿線」の開業に合わせ、あとから「都営浅草線」「都営三田線」と命名されました。「都営大江戸線」も環状区間の開業までは都営12号線と呼ばれていました。

 東京メトロでも、開業直前まで「副都心線」は13号線と呼ばれていたことはまだ記憶に新しいかと思います。副都心線の名称は社内公募で寄せられた案を元に決めたもので、当時は「もはや副都心は死語では」とも言われましたが、池袋、新宿、渋谷の3大ターミナルのどこにも偏らず、全員の顔を立てるいいアイデアだったのではないでしょうか。

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Writer: 枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)

東京メトロ勤務を経て2017年に独立。江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」を中心に活動をしている。鉄道史学会所属。

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