【国鉄105系の現況】電化ローカル線で活躍する「1M」通勤電車の歴史

国鉄が旧性能電車の置き換え用として電化ローカル線向けに開発した105系電車。最初のデビューからまもなく40年になろうとしている通勤電車の、これまでの経緯や特徴を紹介します。

国鉄新性能直流電車初の「1M旅客車」

 国鉄形の105系は、1980年代前半に登場した直流通勤形電車のグループです。101系や103系のように大都市の通勤輸送に用いられる電車ではなく、当初から電化されたローカル線の小単位輸送に特化した電車として造られました。その大きな特徴は、いわゆる新性能の旅客用直流電車では初めて1M方式を採用したことです。

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デビューから37年が経過した105系。延命工事などが行われて車内外が若干変化しているものの、まだ現役だ(2010年8月29日、佐藤利生撮影)。

 105系の登場以前にも、1M方式を採用した郵便、荷物電車などの新性能直流電車は存在しました。しかしそれらは急行形や近郊形電車と併結して高速運転を行うため、足まわりの基本構成が異なります。

 105系はその投入線区の特徴から、高速性能より加減速性能を重視した103系のDT33形台車とMT55形主電動機をベースに、1両分4つの主電動機を永久直列とし、新設計のCS51形主制御器により抵抗と弱め界磁により速度制御を行う方式としました。これにより、105系は1M2Tでも釣り掛け式駆動の旧性能国電1M1Tに匹敵する動力性能を有しているのです。

 105系は、1981(昭和56)年初頭に福塩線と、宇部・小野田線に投入された最初の60両のみが新造車です。車体は両開き3扉のロングシート、前面は貫通式で前面を強化した切妻高運転台タイプのオリジナルスタイルを採用。比較的短距離を走るローカル用ということで、便所は持たず、冷房装置の搭載も見送られました。

 その後の増備車は国鉄末期の厳しい財政事情から、全て103系からの転用改造車になりました。そのため車体は片側4扉に変わり、クハ103形からの改造車は前面が103系そのままというスタイル。性能は105系ですが、外観はオジリナルの新造車と異なる点が多くなっています。

105系がおもに活躍した路線

 105系は当初、中国地方の福塩線や宇部線などに導入され、それまで運行されていた旧性能国電を置き換えました。その後、関西にあった非電化路線の電化に対応した車両としても導入されています。一時は東北の仙石線でも運用されていました。

福塩線(山陽本線)

 福塩線は、105系の新造車が初めて配置された路線です。

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福塩線でデビューした105系の新造車。写真の105系はクモハ105-4含む4連(1981年3月20日、佐藤利生撮影)。

 1981(昭和56)年初頭、同線の府中電車区(当時)に4両固定4本と2両固定4本の計24両を配置。同年2月11日から3月1日にかけて、旧性能の70系4連で運転されていた福山~府中間の電化区間のローカル列車を全て置き換え、新性能化を達成しました。

 車体は黄色5号をベースに青20号の帯というオリジナル。1998(平成10)年に配置が岡山電車区へ移り、山陽本線の岡山近郊や赤穂線、伯備線、宇野線にも運用範囲を拡大した時期がありました。

 現在の車両はワンマン化、冷房化や延命工事を受け、塗装も地域カラーの濃い黄色一色になりましたが、新製投入以来の福塩線を主体に岡山への入出庫を兼ねた山陽本線 岡山~福山間で活躍中です。

宇部・小野田線(山陽本線)

 前述の福塩線とともに、新造の105系が初めて配置された路線です。

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宇部・小野田線にも福塩線と同じ時期に105系の新造車が導入された。写真はクハ105-9含む2+2連の試運転(1981年3月18日、佐藤利生撮影)。

 1981(昭和56)年2月から宇部電車区(当時)に2両固定17本と増結用クモハ2両の計36両が配置され、宇部線全線と本山支線を除く小野田線、山陽本線の一部区間で運用されていた戦前製国電の41系や51系を置き換えました。

 車体はオレンジバーミリオン(朱色1号)一色。JR移行の際に配置が下関運転所(現在の下関総合車両所)へ移り、広島車とともに車体塗装を白地に赤と青の帯という地域カラーに変更しました。その後もクモハ123形0番台の転入や、広島から103系改造4扉車グループの転入、クモハ105形の一部を方向転換したMc+Mc編成などの変化が見られました。車体塗装は現在、地域カラーの濃い黄色一色となり、新造車グループに再び統一されています。

奈良線・桜井線・和歌山線・紀勢本線

 1984(昭和59)年3月に行われた奈良線と和歌山線 五条~和歌山間の電化に合わせ、気動車で運転されていたローカル列車を電車化するため、奈良電車区(当時)に105系が投入されました。

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大井工場で103系を改造し、落成試運転を行う105系のクモハ105-501ほか(1984年5月21日、佐藤利生撮影)。

 当時は国鉄末期の財政状態が極めて厳しかったため、新造車の導入は見送りに。103系を105系に改造して投入することになり、おもに首都圏の常磐緩行線で使われていた地下鉄千代田線直通車の1000番台が種車となりました。

 103系改造車のグループは制御関係など基本構造こそ105系ですが、車体は片側4扉のまま。クハ105形0番台は103系1000番台クハの顔を持つなど、新造の105系とは大きく外観が異なります。塗装もクリーム1号に朱色3号の帯というオリジナルになりました。また、この地区の105系は先頭部に自動連解結装置と電気連結器を装備しているのが特徴で、頻繁に行われる増結、解放作業の省力化が図られています。

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Writer: 佐藤利生(鉄道ライター)

1961年東京生まれ。幼少より鉄道に興味を持つ。大手私鉄で運輸、車両、企画部門などを経験し、部長職で退職。在職中より鉄道趣味誌で国内外の鉄道車両に関する記事や写真を発表。鉄道設計技師(車両)、慶應義塾大学鉄道研究会三田会と海外鉄道研究会の会員。全国のJR、民鉄、軌道、モノレール、新交通は全線を完乗。

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