【廃線跡の思い出】新潟県内で初めて電車が走った路線 蒲原鉄道を巡る

かつては新潟県の加茂駅と五泉駅を結んでいたローカル私鉄の蒲原鉄道。自家用車の普及による利用客減少で廃止となりました。それから9年が経とうとするころ、廃線跡を訪問してみました。

架線柱は撤去されたが、ホームの一部は残る

 新潟県に「蒲原鉄道」というバス会社があります。バス会社なのに「鉄道」を名乗っているのは不思議ですが、かつては信越本線の加茂駅(新潟県加茂市)と磐越西線の五泉駅(新潟県五泉市)を結ぶ、全長21.9kmの鉄道路線を運営していました。

Large 190415 kanbara 01

拡大画像

冬鳥越スキー場で保存されている蒲原鉄道の電車。先頭はモハ61(2008年4月、草町義和撮影)。

 途中の村松町は蒲原地方の中心地といえる城下町でしたが、北越鉄道(現在のJR信越本線)と岩越鉄道(現在のJR磐越西線)が村松を通らないルートで建設されたため、村松町を通る鉄道を建設しようという機運が高まりました。まず1923(大正12)年に村松~五泉間の4.2kmが開業。3年後の1930(昭和5)年に加茂~村松間が開業して全通しました。開業当初から電化されており、新潟県内で電車が走ったのは、蒲原鉄道が初めてでした。

 戦後の1960年代には各地のローカル線と同様、自動車の発達により利用者が減少。比較的利用者の多い村松~五泉間のみ維持することになり、加茂~村松間は1985(昭和60)年3月31日限りで廃止されました。これで経営は若干改善されたものの、利用者の減少に歯止めがかかることはなく、経営は再び悪化。1999(平成11)年10月3日限りで全線廃止となりました。

Large 190415 kanbara 02

拡大画像

線路が撤去され農道と化した路盤(2008年4月、草町義和撮影)。
Large 190415 kanbara 03

拡大画像

狭口駅跡に残るホーム(2008年4月、草町義和撮影)。

 廃線跡を訪ねたのは、それから9年近くが経過した2008(平成20)年4月。加茂駅から五泉駅へ進むようにしてクルマを走らせました。2本のレールや架線柱はほぼ撤去済みでしたが、築堤やトンネルは残っており、一部の駅では駅舎やホームもありました。

沿線に多数の車両が保存

 季節はサクラの花びらが舞うころ。かつて電車とサクラを絡めた撮影地として有名だった七谷駅では、集会場に改修された駅舎とサクラの木が健在で、駅舎の脇では地元住民の花見会が催されています。

Large 190415 kanbara 04

拡大画像

サクラと電車を絡めた撮影地として有名だった七谷駅(2008年4月、草町義和撮影)。

残り1257文字

この続きは有料会員登録をすると読むことができます。

2週間無料で登録する

Writer: 草町義和(鉄道ライター)

1969年、新潟県南魚沼市生まれ。鉄道趣味誌で列車の乗車ルポや幻の鉄道(未成線)の散策記などを多数発表してきた。著書に『鉄道計画は変わる。』(交通新聞社)など。趣味はアサガオ、ゴーヤの栽培。

最新記事

鉄道運行情報(外部サイト)