〈PR〉最初は「つばめ」 列車ヘッドマークトリビア 「自作」も可能に
列車の先頭車に掲出されるヘッドマーク。「つばめ」「富士」など列車名を示すものをはじめ記念日、イベントを告知するものなど内容はさまざまです。自分でデザインする方法もあります。
列車の先頭車に掲出されるヘッドマーク
列車の先頭車両に掲出されたヘッドマーク。カラフルなイラストとともに列車名が書かれたそれを見て、乗車にあこがれたり、列車の行き先に思いを馳せたりした人も多いのではないでしょうか。
日本で初めてヘッドマークが付けられた列車は、東京と関西を結んでいた特急「つばめ」といわれています。1930(昭和5)年に登場した「燕」(当時は漢字表記)は、日本を代表する列車として活躍。戦争でいったん廃止されましたが、1950(昭和25)年に復活しています。それまで列車最後尾の客車にテールマークが掲げられたことはありましたが、ヘッドマークはこの復活の際に登場したとされています。
その後、高度経済成長を経て特急列車は全国へ。昭和50年代のブルートレインブームでは、カラフルなイラスト入りのヘッドマークが大きく注目されることになります。
「なは」、ついに那覇へ
そのなかのひとつ、「なは」は1968(昭和43)年、大阪~西鹿児島(現・鹿児島中央)間を結ぶ特急列車としてデビュー。当初は昼間に走っていましたが、1975(昭和50)年からは夜間に走る寝台列車に変化しています。
列車名は、鹿児島の先にある沖縄県の都市名「那覇」に由来。沖縄返還を願い付けられたもので、登場から4年後の1972(昭和47)年5月、沖縄が本土に復帰したあともおよそ36年間、関西と九州を結びました。
2008(平成20)年、京都~熊本間を走っていた寝台特急「なは」が廃止されます。その最終列車に掲出されたヘッドマークは、JR九州から那覇市内を走るモノレールのゆいレールに譲渡されました。現在は「ゆいレール展示館」(沖縄県那覇市)に収蔵されています。
わたらせ渓谷鐵道のヘッドマークができるまで
ヘッドマークは国鉄やJRだけではなく、私鉄や第三セクター鉄道などの列車でも掲出されています。
群馬・栃木県内を走るわたらせ渓谷鐵道(わ鐵)では、観光列車の「トロッコわたらせ渓谷号」や「トロッコわっしー号」などでヘッドマークを使用。先頭の車両に取り付けています。
わ鐵によると、同社のヘッドマークは基本的にパソコン上でデザインして、業者がヘッドマーク用のシートに印刷。それを鉄やアルミの板などに貼り付けているといいます。マークには列車名などの文字をはじめ、沿線の景色や、わ鐵のキャラクター「わ鐵のわっしー」も。イルミネーション列車のときには、LEDで光るヘッドマークを掲出したといいます。
またわ鐵の担当者によると、同路線は渡良瀬川の渓谷沿いを走っており、観光客も多いことから、沿線の景観から浮くような車両全体のラッピングは企画せず、渓谷のなかを走っても違和感のないヘッドマークにとどめているということです。
湘南モノレールは車内に装着
神奈川県の大船駅と湘南江の島駅を結ぶ湘南モノレールは、アルミ樹脂複合板(アルポリック)でヘッドマークを製作しています。
観光列車の運行はないものの、正月や鉄道の日(10月14日)など季節や記念日にちなむものや、乳がん検診推進運動と連携した「ピンクリボン号」、湘南モノレールのキャラクターをデザインした「しょもたん号」などでヘッドマークを掲出しています。車外ではなく、車内の窓の内側に取り付けています。
自分のヘッドマークを掲出できる!
そんなヘッドマーク、現在では自分でデザインして、本物の列車に取り付けることも可能です。
約10日間、ヘッドマークは列車の先頭部または後尾部に掲出され、実際の営業路線を走ります。その“商品”を販売するのは水間鉄道、わたらせ渓谷鐵道、湘南モノレール、山形鉄道、阿武隈急行、会津鉄道の6社。ヴァル研究所が運営する通販サイト「駅すぱモール」で購入が可能です。
以前より「ヘッドマークの掲出」を販売している大阪府貝塚市の私鉄、水間鉄道によると、ヘッドマークの内容は人それぞれ。誕生日や還暦のお祝いサプライズ、結婚記念、入学・卒業記念など思い思いの用途でデザインされているといいます。
「駅すぱモール」では、地方鉄道各社を応援するために、「駅すぱモール」でしか買えない商品を今後も販売していくそうです。
・駅すぱモール
https://ekispamall.net/
【了】