世界初のジェット旅客機「コメット」の悲しき顛末 相次いだ悲劇の原因は革新的すぎたから?

コメットのもう一つの「世界初」 ただデビュー後は事故連発

 空気の薄い高高度を飛行する機体は、「コメット」が登場する前あたりから、例えばボーイング307、ロッキード「コンステレイション」、ダグラスDC-6などがすでに実用化されていましたが、「コメット」のようなジェット旅客機の場合は、より高い高度を飛行することになります。

 コメット1は、世界初のジェット旅客機というだけではなく、当時としては先進的な技術である「与圧キャビン」を持つ旅客機として1952(昭和27)年に就航しました。ジェット旅客機の飛ぶような高高度は空気が薄いので、機内をできるだけ地上に近い、空気の濃い環境にしなければ、乗客は生命の維持が難しくなります。そこで、上空において機内の空気の濃さ、気圧を上げることが与圧です。

 ただ、当然上空では機内と機外で気圧の差が生じることから、機体の構造に大きな負荷がかかります。機体が上昇と降下を繰り返し、この圧力差を多く受けることで、金属疲労が発生し、最悪のケースとしては構造の破壊が生じる――このことは「コメット」開発の時点ですでに航空界では知られており、同機の場合も設計時に疲労破壊に対する対策を練っていました。

 ところが、対策は練ったものの、「コメット」は就航からわずか2年弱ののち、地中海で機体が空中分解する事故が発生します。その後一時期飛行を停止し、原因究明のうえ想定される個所の改修が実施されましたが、運航再開後にやはり地中海で2機目が空中分解してしまったのです。

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JALのダグラスDC-6B。「コメット」とほぼ同世代のレシプロ(またはピストン・エンジン搭載)主力旅客機(画像:JAL)。

 恐れていた事態が現実となってしまったことから、当時のウィンストン・チャーチル首相は、大英帝国の威信をかけて原因を究明し、その後のジェット旅客機の開発を主導すべく、徹底的な原因調査と対策の策定を指示しました。

 その結果、事故原因は、繰り返される荷重による金属疲労が原因と究明されました。「コメット」は、設計当初に想定されていた離着陸のサイクルの、わずか10分の1で破壊に至ったことが分かったのです。

【貴重写真】「コメット」の試作初号機

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