【空から撮った鉄道】原宿の顔であった木造駅舎の終焉 山手線原宿駅5年間の記録

山手線原宿駅。ファッションと流行発信地の最寄駅として、駅前は沢山の人で溢れています。その後ろにはいつも木造駅舎がありました。大正時代に建設された木造駅舎は2代目で、2020年3月に営業を終了し、2021年3月にほぼ解体されました。原宿駅の顔、木造駅舎を追憶します。

この記事の目次

・原宿駅は山手線で残る唯一の木造駅舎だった

・原宿駅舎の空撮は2016年から

・新駅舎が姿を現し木造駅舎は解体

【画像枚数】全26枚

原宿駅は山手線で残る唯一の木造駅舎だった

 木造駅舎は少なくなってきたというけれど、全国津々浦々まだまだ存在しています。東京でもいくつか存在し、山手線にもつい最近までありました。それが原宿駅です。

 原宿駅は1906(明治39)年に開業し、関東大震災翌年の1924(大正13)年に2代目駅舎が竣工しました。この駅舎はイギリスの家屋を模したハーフティンバー様式の木造駅舎で、駅舎中心部に尖塔を配した姿をしていました。木造駅舎は戦火をくぐり抜け、戦後の高度成長期を迎え、やがて流行発信地の玄関として、様々なファッションに身を包む人々が駅舎を闊歩し、気がついたら都内最古の木造駅舎となりました。

Large 20210630 01

拡大画像

木造駅舎が現役だったころの原宿駅。渋谷方面から見る。屋根のないホームは明治神宮参拝の初詣客に対応する臨時ホームだった。E231系500番台の外回り電車が原宿駅を出発していく(2016年4月26日、吉永陽一撮影)。

 長らく原宿の顔であった木造駅舎は、ついに終焉の時を迎えます。2020年3月、隣接して3代目新駅舎が竣工し、役目を終えたのです。2代目木造駅舎の保存運動も起きましたが、現在の防火基準に満たないなどの理由で解体され、新たに2代目の外観を再現した建物が建設される計画です。再現する建物は防火基準を満たした建材を用い、解体された駅舎の資材を再利用し、2代目木造駅舎の姿へ近づけるとのこと。馴染みのあった駅舎が解体されたのは残念ですが、再現される姿が気になっております。

原宿駅舎の空撮は2016年から

残り1376文字

この続きは有料会員登録をすると読むことができます。

2週間無料で登録する

Writer:

1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。日本写真家協会(JPS)正会員、日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。

最新記事

コメント

記事ランキング

  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  3. “まるで高速”な無料バイパス「全線4車線化」へ変貌開始! 一部の上下線分離まもなく 対面通行を解消 国道8号
  4. 飛行中の「日の丸特別機」に粋なサプライズ! 天皇皇后両陛下を“最新ステルス戦闘機”がお出迎え
  5. 「危なすぎる!」阪神高速“中の人”がブチギレ!? “衝撃動画”とともに呼びかける「ドライバーが守るべき3つのこと」とは
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. あと1年足らずで「現金でバス乗れなくなります」 全路線“完全キャッシュレス化”疑問に応えるサイト開設 京王バス
  3. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  4. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  5. 「“再有料化”でいいから4車線化して」→普通車280円になって1年 利用者負担で勝ち取った“効果”あきらかに 八木山バイパス