8月10日は「道の日」なぜ? 日本の転換点から今年で101年目 何があったのか

毎年8月10日は国土交通省によって「道の日」と定められ、月内に広報活動などが行われます。なぜこの日が道の日となったのでしょうか。

鉄道が先に発達した日本の交通網

 毎年8月10日は国土交通省によって「道の日」と定められ、8月は「道路ふれあい月間」として国や全国の自治体を中心に、道路にちなむイベントや広報活動が行われています。国民の祝日ではないため、普段の生活であまり意識する機会はありませんが、何を記念したものなのでしょうか。

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品川駅前を通る国道15号、別名京浜国道(写真:photolibrary)。

 由来となった日は1920(大正9)年8月10日。今から101年前のことです。この日、わが国初の近代的な道路整備計画「第一次道路改良計画」が策定されました。

 この日以前の道路とされるものは、自動車の存在を前提としないものでした。1876(明治9)年に日本で初めて国道や県道が制定されて以降も、鉄道の発達の一方で、人力に頼らない道路交通はもっぱら馬車でした。

 しかし、1910年代に自動車が普及しはじめ、1919(大正8)年には台数が7000台にまで増加。重量や速度、サイズも過去の交通とまったく違うものであり、日本の道路のあり方を根本から見直さざるを得なくなっていました。

 そこで、1919年には自動車交通を主眼において道路の設置、管理などを定めた道路法が制定。そして翌年に「第一次道路改良計画」が策定されます。

 この計画では、今後30年間で、国道1775里(約7000km)、橋梁36里(約141km)を府県で改良し、当時の金額で国費1億6600万4000円を投入して工費の半分から全額を補助する、とされました。対象区間は当時の国道における総延長の9割近くにのぼります。日本の「道」を新時代のものへ一度にアップデートする、国家の一大プロジェクトでした。

 しかしこの計画は、3分の1を迎えたところで暗礁に乗り上げます。原因は1923(大正12)年に発生した関東大震災です。壊滅的な被害を受けた首都圏を復興するために道路予算は削減され、進捗はしばらくスローペースになってしまい、1933(昭和8)に制定される「第ニ次道路改良計画」へ引き継がれていくことになります。

 とはいえ、この「第一次改良計画」では、京浜国道(現在の国道15号)や京阪国道(同国道1号)、阪神国道(同国道2号)などの主要幹線や鈴鹿・箱根の2つの峠道が整備され、一部は舗装もなされます。なにより、国家事業として国と地方が折半して地方道路を整備するという手法は、現在も一般的となっています。

 この「日本の自動車道路のはじまり」ともいえる改良計画の策定を記念して、1986(昭和61)年に「道の日」が制定されました。これにあわせて1986年と1987年に選定されたのが「日本の道100選」です。

【了】

【戦前の「幅員20m」国道改良計画】

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