コロナ禍の中で全線開通した香港MTR「屯馬線」 ふたつの路線を統合 建設には日系企業も参加
新型コロナウイルスで大きなダメージを受けたのは、世界中の鉄道、バス、飛行機などの公共交通機関です。感染防止のため外出を控える影響で業績が一気に悪化しました。そんなコロナ禍において、香港のMTRでは新しい路線「屯馬線(Tuen Ma Line)」が全線開通しました。
この記事の目次
・別々だったふたつの路線をひとつに
・つり革を支える棒は横一直線ではなく四角いデザイン
・駅舎建設工事中に宋朝時代の陶磁器などが発掘
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別々だったふたつの路線をひとつに
2021年6月28日(月)、香港鉄路(MTR)では屯門(Tuen Mun)から紅ハム(Hung Hom)を経由し烏渓沙(Wu Kai Sha)を結ぶ新しい路線「屯馬線(Tuen Ma Line)」が全線開通しました。
こんなコロナ禍に「新線の全線開通とは、感染拡大を助長するのではないか?」と思うかもしれません。ただ、香港は2003(平成15)年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験を活かし、コロナの優等生といわれた台湾ですら対策に失敗したデルタ株についてうまく対策をしていて、海外から香港に入った陽性者が発見されても、市中感染は8月4日まで58日連続でゼロを記録。街を歩いても感染する確率はかなり低いという状況でした。
さて、同線の歴史を振り返ると、2003年12月20日に香港北西部を走る「西鉄線(West Rail Line)」の南昌(Nam Cheong)~屯門(Tuen Mun)間、2004(平成16)年12月21日には香港北東部を走る「馬鞍山線(Ma On Sha Line)」大囲(Tai Wai)~烏渓沙(Wu Kai Sha)間がそれぞれ開通します。このふたつの路線を、香港の鉄道空白地帯に線路を敷きながらひとつの路線にしたのが屯馬線です。
特徴的なのは、この2路線をつなげるために、両路線からどんどん延伸させて、一定程度の区間が完成したら、その部分から運行させていったこと。すべてつながるのを待って一気に開通させるのでは時間がかかりますから、路線沿いに住む人の利便性を考えた結果です。
わかりやすいイメージとしては既存路線と新規路線の違いがありますが、東日本大震災で被災した三陸鉄道の復旧工事が進み、運転再開区間が徐々に延長されて最後に1本の路線になったという感じに近いでしょう。屯馬線では最後に残った宋皇臺(Sung Wong Toi)、土瓜湾(To Kwa Wan)という2駅分の区間が完成してひとつの路線に生まれ変わりました。
つり革を支える棒は横一直線ではなく四角いデザイン
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Writer: 武田信晃
新聞記者、編集者として勤務した後、フリーランスのジャーナリストとして独立。香港と日本の政治・経済、社会などを中心取材するほか、国内外で行われているスポーツについても取材・執筆をしている。