沈む軍艦は誰のもの? 露艦「モスクワ」はウクライナの「水中文化遺産」になれるのか

「モスクワ」の水中文化遺産「登録」はどうなる?

 さて、話を「モスクワ」に戻しますが、ウクライナによる「モスクワ」の水中文化遺産登録という主張は妥当なものなのでしょうか。結論からいうとこれは、法的にはかなり問題があります。

 まず、「モスクワ」は沈没前にウクライナ軍が捕獲したわけではなく、したがってこれは引き続きロシアに属しています。そのため、ウクライナがロシアの軍艦を勝手に自国の水中文化遺産と主張することはできません。

 そしてなにより、「モスクワ」は沈没してからまだ1か月ほどしか経過していないため、「川や海に沈んでから100年以上が経過した遺跡や船など人類の歴史的な遺産」とするこの条約上の水中文化遺産の定義には当てはまらないのです。加えて「水中文化遺産」とは登録申請する類のものではなく、水中に没し100年を経過した時点で自動的に水中文化遺産となる、という性質のものです。したがって、「モスクワ」に関するウクライナ側の主張は、妥当とはいえないでしょう。

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「国有財産」として民間業者払い下げられ、戦後30年の後に引き揚げられた戦艦「陸奥」。沈没の引き金となった爆発事故の原因は諸説ある(画像:アメリカ海軍)。

 現在、水中文化遺産保護条約は70か国余りが締結していますが、アメリカや日本、そしてロシアなど、商業だけではなく軍事力の一環として海洋を利用する多くの国々がこれに加わっていません。その大きな要因のひとつとして、海底に沈んだ軍艦に対する権利に関する考えの違いなどが挙げられますが、特に日本に関しては、太平洋戦争から100年後の2045年までにどのような進展が見られるのかが注目されます。

【了】

【写真】「水中文化遺産」の定義的に沈んでいるのかいないのか…戦艦「伊勢」

Writer: 稲葉義泰(軍事ライター)

軍事ライター。現代兵器動向のほか、軍事・安全保障に関連する国内法・国際法研究も行う。修士号(国際法)を取得し、現在は博士課程に在籍中。小学生の頃は「鉄道好き」、特に「ブルートレイン好き」であったが、その後兵器の魅力にひかれて現在にいたる。著書に『ここまでできる自衛隊 国際法・憲法・自衛隊法ではこうなっている』(秀和システム)など。

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