じわじわ普及「赤バイ」誕生のきっかけは社長の閃き “バイク+消火器、いいじゃん!” でも60年かかったワケ

いまや全国各地の消防機関に配備が進んでいる「赤バイ」。その端緒となったのは60年前に鳥取市で生まれたアイデアでした。高度成長期、阪神淡路大震災などを経て普及に至った経緯を振り返ります。

いったん姿消すも「阪神淡路大震災」をきっかけに復活!

 こうして全国に広がった赤バイでしたが、1970年代後半になると急速に数を減らします。その理由は、消防救急体制の充実による出動機会の減少、赤バイそのものの交通事故の危険性などでした。

大阪市消防局、東京消防庁ともに1976(昭和51)年4月には部隊を廃止。横浜市消防局の赤バイも1979(昭和54)年に大きく縮小されてしまいます。

 

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東久留米市消防本部(当時)が1993年に導入した救急用自動二輪車、通称「パルペア」。スズキのGS400Eがベース(画像:東京消防庁東久留米消防署)。

 ところが、平成になって赤バイは復活します。まず1993(平成5)年、東京都下の東久留米市消防本部(当時)にヨーロッパの救急用バイクをお手本とした消防・救急オートバイ隊「パルペア」が誕生します。

「パルペア」隊は、その2年後、1995(平成7)年に起きた阪神淡路大震災の被災地へ派遣されると、機動力を生かして医薬品の輸送などで活躍。このときの評判が、「クイックアタッカー」をはじめとする赤バイ復活につながったのです。

 東京消防庁がかつて運用していた先代赤バイの1台、ホンダ「ドリーム」が現在も新宿区四谷の消防博物館に展示されています。真っ赤な塗装、大きなサイレンや赤色灯、2 本の消火器など現役当時そのままの姿にピカピカに磨かれています。

 地方都市の社長さんが閃いたアイデアから生まれ、人々の暮らしを守った小さな消防車「赤バイ」。現在の「クイックアタッカー」が生まれるまでに幾多の紆余曲折があったことを、実車を見ることで感じていただければ本望です。

【了】

【え、スクーター仕様!?】消防博物館の保存赤バイ&激レア3輪モデルも(写真)

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1967年生まれ。「昭和30~40年代の自衛隊と日本の民間航空」を中心に、ミリタリーと乗りもののイラスト解説同人誌を描き続ける。戦後日本史も研究中。

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