神戸の力になるために 震災復旧資材を運んだ「ドクターイエロー」

1995年の阪神・淡路大震災では鉄道も大きな被害を受けましたが、「ドクターイエロー」を使って新幹線で初めての建設資材輸送を実施するなど、一刻も早く復旧させ人々の日常を復興しようと、懸命な努力が行われました。また不通になった鉄道の代わりに運行された代替バスも復興に大きく貢献。乗客が「蛍の光」を合唱する場面もありました。

「蛍の光」が湧き起こった代替バス

 震災発生により運転が見合わされていた鉄道路線は点検や修復のうえ、順次運転が再開されていきましたが、大阪~神戸間を鉄道で直接移動できるようになったのは地震発生から75日目、東海道本線(JR神戸線)の住吉~灘間が開通した1995年4月1日になりました。

 鉄道が長期間不通となった阪神間では、代替バスが運行されました。震災から日の浅い時期には国道2号線の大渋滞で移動に2時間から4時間を要したこともありましたが、最盛期にはJR西日本、阪急、阪神の3社合計で1日あたり約4000便の代替バスを走らせ、およそ23万人もの乗客を輸送しています。

 阪急では神戸線が震災から146日目の1995年6月12日、西宮北口~夙川間が復旧し全線が開通するまで、代替バスの運行が続けられました。

 この阪急が運行した代替バスの最終日、その運転手が「私の代替バス運転もこれが最後です」とあいさつをしたところ、乗客から自然と「蛍の光」の合唱が起こり、終点の西宮北口駅へ到着した際に、運転手は乗客ひとりひとりから握手を求められたそうです。

 また代替バスの運行にあたっては、それまで運行していなかった区間に突如大量のバスを走らせるため、人手不足が問題になりました。しかしそれを聞いて大勢のOBが「現役時代にお世話になったお客様へ恩返しをしたい」と現場へ駆けつけるなど、一致団結して困難を克服。たくさんの人々を運んだ代替バスは、震災復興で大きな役割を果たしました。

※参考資料:運輸省鉄道局監修、阪神・淡路大震災鉄道復興記録編纂委員会『よみがえる鉄路ー阪神・淡路大震災鉄道復興の記録ー』(山海堂)

【了】

Writer:

鉄道を中心に、飛行機や船といった「乗りもの」全般やその旅について、取材や記事制作、写真撮影、書籍執筆などを手がける。日本の鉄道はJR線、私鉄線ともすべて乗車済み(完乗)。2級小型船舶免許所持。鉄道ライター/乗りものライター。

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コメント

1件のコメント

  1. 新幹線大阪支所近くにある安威川が決壊しそうになった時(現在は改修済み)、旧国鉄•東京鉄道管理局から電動転轍機を輸送する為の臨時ひかりを走らせたとの記載が、鉄道ジャーナル誌上に残されてます。しかも0系使用でね。大阪鉄道管理局から借りたくても、川で決壊した在来線だけで手一杯だったことから、急遽、東京鉄道管理局の手を借りたいとの記述もありました。当時としては大変な作業だったことと、東海道新幹線にも命が吹き込むのでは、と。その後、甲子園開催に対する帰りの輸送が適確かつ安全に完遂できたことを誇りに、今のJR東海が頑張っている姿を見ることが出来ます。

    これ以外にもエピソードは書籍で語られていますので、見ては如何でしょうか?

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