地下鉄サリン事件が変えた「鉄道の日常風景」とは? 駅から消えたモノ、増えたモノ

地下鉄サリン事件から30年がたちます。社会に大きな衝撃を与えた無差別化学テロは、鉄道の現場をどのように変えたのでしょうか。

ゴミ箱や防犯カメラに変化

 もうひとつ象徴的なのが、ゴミ箱です。危険物を仕掛けられる危険があるとしてゴミ箱は撤去され、自動販売機やコインロッカーの利用も一時、制限されました。営団のゴミ箱は1997(平成9)年に規模を縮小して復活しますが、2004(平成12)年にスペイン・マドリード、2005(平成13)年にイギリス・ロンドンで列車爆破事件が発生し、東京メトロや大手私鉄で再びゴミ箱を撤去する動きが広がりました。

 その後、外装が透明パネルの「中身が見えるゴミ箱」が普及し、ゴミ箱の再設置が広がりましたが、コロナ禍以降、セキュリティや衛生面などを理由に多くの事業者が撤去しており、テロ警戒レベルが上がるとゴミ箱が撤去される光景は過去のものとなってしまいました。

 もうひとつ大きな変化は、防犯カメラの設置です。事件後、1995(平成7)年3月末から工事に着手し、同年11月までに80駅529台を整備しました。1997(平成9)年12月に全駅へ設置が完了し、2004(平成16)年3月末までに約2400台が設置されました。

 この頃のカメラは常時、録画しておき必要に応じて警察にデータを提供するものが中心でしたが、2008(平成20)年以降、高画質映像をリアルタイムに監視できる「セキュリティカメラ」を導入し、台数も増設。2010(平成22)年までに全駅への設置が完了しました。

 セキュリティカメラはその後、東京オリンピック開催に向けて、画像認識機能による不審物・危険物の検知機能が追加され、2018年度以降は新型車両から順次、車内セキュリティカメラの設置が始まりました。防犯カメラは遅かれ早かれ普及したでしょうが、そんな動きを加速させたのは間違いなく地下鉄サリン事件でした。

【当時の写真】地下鉄でサリンを検知する自衛隊員

Writer:

1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx

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