気温差300度でも「生きて帰ってこられるクルマ」 トヨタの“月面ランクル”先行き不透明 それでも開発を続けるワケ
2025年の7月~8月にかけて、宇宙ビジネスの祭典である「SPEXA」が開催されました。参加したさまざまな企業のなかには、意外なことに「トヨタ自動車」の名前も。どのようなものを展示したのでしょうか。
たしかに「月のランクル」が必要な厳しい環境
ところで、月は昼間と夜がおおむね2週間ずつ続き、気温差は約300度に達する非常に過酷な環境です。この環境下で活動するには、各種機器の保温や、宇宙飛行士の生命維持装置を駆動するために、大量のエネルギーが不可欠です。

ルナクルーザーのエネルギーを賄う手段として、トヨタとJAXAは「RFC(再生可能燃料電池)」を採用すべく、研究開発を進めています。
RFCは昼間の期間中に太陽光で水を電気分解し、水素と酸素を生成して貯蔵します。そして、夜の期間は蓄えた水素と酸素を化学反応させて発電し、エネルギーを生み出す仕組みです。
すでにトヨタは、この仕組みを用いた燃料電池を採用した乗用車の「MIRAI」と、商用車の「SORA」(2024年に販売終了)を市販化しています。また、子会社のダイハツの軽自動車や、豊田自動織機のフォークリフト車両にも燃料電池を供給しており、燃料電池を搭載した自動車の開発へ積極的に取り組んでいます。
残念ながら、燃料電池を使用する自動車や建設機械は現在のところ、水素ステーションをはじめとした水素の供給インフラ不足などから普及しているとは言い難い状況です。しかし、トヨタはルナクルーザーの研究開発によって得たRFCの技術を、将来の自動車や建設機械など設計にフィードバックしていく考えのようです。
また、トヨタはRFC以外にも、ルナクルーザーの開発で得た知見や技術を、今後の自社製品へと応用する構想を持っています。
たとえば、ルナクルーザーは少ない乗員で運用するので、実用化には高度な自動運転技術が要求されます。さらに、専門性の高い宇宙飛行士であってもクルマの運転技術は必ずしも高いレベルというわけではありませんので、操縦が簡単にできることも求められます。トヨタはこれらの条件のクリアを目指すとともに、技術やノウハウを自動運転車両や福祉車両などへと応用していく意向です。
2019年の時点では、ルナクルーザーは2029年にも月面へ投入される予定でした。ところが、アルテミス計画を主導するNASA(アメリカ航空宇宙局)は2025年5月、予算の大幅な減額や月周回基地「ゲートウェイ」の建設中止を含め、アルテミス計画の大幅見直し案を発表しており、合わせてルナクルーザーの開発プロジェクトの今後も不安視されています。
このような不透明な状況にもかかわらず、トヨタはルナクルーザーの研究開発に、少なからぬ資金と人員を投入し続けています。これはルナクルーザー開発の知見が、将来的に多様なビジネスへと活用できるとトヨタが確信しているからだと筆者は考えます。
20世紀後半にかけて隆盛を極めた日本の自動車メーカーですが、現在はその多くがかつての勢いを失っています。そうしたなか、トヨタが活力と存在感を示し続けられている理由は、ルナクルーザーのように短期的な収益は見込めない一方、将来のビジネスへと長期的に活かせるプロジェクトに対し、投資し続けてきたからなのでしょう。
Writer: 竹内 修(軍事ジャーナリスト)
軍事ジャーナリスト。海外の防衛装備展示会やメーカーなどへの取材に基づいた記事を、軍事専門誌のほか一般誌でも執筆。著書は「最先端未来兵器完全ファイル」、「軍用ドローン年鑑」、「全161か国 これが世界の陸軍力だ!」など。
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