伝説の超音速旅客機「コンコルド」意外なデビューなぜ? 「え!?アメリカ線じゃないの?」背景には納得の理由が
イギリスとフランスの共同開発による超音速旅客機「コンコルド」。実は初に飛んだのは旅客機市場として巨大なアメリカでなく、ロンドン~バーレーンならびに、パリ~ダカール~リオデジャネイロというやや意外な路線でした。なぜでしょうか。
まさかの「大西洋横断路線でアメリカ」ではなく
イギリスとフランスの共同開発による超音速旅客機「コンコルド」が国際定期便へ就航したのは50年前の1976年1月21日でした。「コンコルド」は、“怪鳥”のニックネームが与えられ実用超音速旅客機として世界唯一といえた機体です。しかし、最初に飛んだのは旅客機市場として巨大なアメリカでなく、ロンドン~バーレーンならびに、パリ~ダカール~リオデジャネイロというやや意外な路線でした。これには「コンコルド」特有のわけがあったのです。
「コンコルド」が国際定期便に就航した約1か月前、実は旧ソ連の超音速旅客機Tu-144が郵便貨物便として運航を始めていました。この機体は「コンコルド」によく似ていたことから「コンコルドスキー」とも呼ばれた機体でしたが、旅客便としてもわずかな期間しか飛ばず、それゆえに2003年まで定期路線を飛んだ「コンコルド」が、史上唯一の実用超音速旅客機となったわけです。
「コンコルド」はブリティッシュ・エアウェイズとエールフランスの2社で導入され、同じ日に、各社の初便が離陸。ブリティッシュ・エアウェイズ機の登録記号「G-BOAA」はロンドンから中東バーレーンへ、エールフランス機の「F-BVFA」は西アフリカのダカールを経由し南米リオデジャネイロへと向かいました。
この「コンコルド」の就航は世界中で関心を集め、日本でも「SST(超音速輸送機)時代の幕が開けた」と新聞やテレビで伝えられました。機内はこれまでより短い搭乗時間ながら、全席がファーストクラス。食事も豪華で、バーレーン線のメニューは、15種類以上の食前酒やカクテル、牛ひれ肉のステーキ、子羊のコートレットなどのランチが提供されたという記録も残っています。
ただし「コンコルド」の“本命”路線であった大西洋横断によるアメリカ路線に就航したのは1976年5月。これはアメリカ側の事情によるものでしたが、今思えばこの事情がコンコルドの運命を決めていたと言えるかもしれません。





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