「列車から電話」昭和時代はどうしてた? 面倒だった「公衆電話以前」 金額も超高額!
携帯電話の普及により、新幹線の公衆電話は2021年6月にサービスが終了しました。かつて重要な役割を担った鉄道の電話には、どのような歴史があったのでしょうか。
2020年に「歴史的役割」終える
地上から列車電話の呼び出しは、東京や大阪の自動交換加入電話の場合、「010」で始まる列車台呼出番号で直接ダイヤルし、列車番号と乗客の氏名を伝えると列車の電話掛につながります。電話掛は車内放送で乗客を呼び出し、電話室に来てもらいます。
列車電話は1964(昭和39)年に開業した東海道新幹線にも設置され、翌年5月から業務用、6月から旅客向けサービスを開始しました。在来線用をベースとしながらも最新技術を導入して機能を拡充し、トンネル内でも通話可能になりました。同年8月には新幹線から約2.6万回の発信があったそうです。
1973(昭和48)年10月1日には電話掛の取扱いと料金収受を省力化しつつ電話機を増設するため、乗客自身が100円を投入して使用する公衆用電話機が設置されました。ただこちらも交換台経由で相手を呼び出す仕組みです。
現在的な電話になったのは1982(昭和57)年に開業した東北・上越新幹線以降です。こちらは線路に沿って敷設した「漏洩同軸ケーブル」と通信する方式で、プッシュボタンによる自動即時式となり、通話相手先も日本全国に拡大されました。1989(平成元)年には東海道・山陽新幹線も漏洩同軸ケーブル化され、利便性が向上。バブル期のサラリーマンを支えました。
同時期には阪急6300系やJR東海311系電車など普通列車への設置例も見られます。また、在来線特急を中心に自動車電話技術を応用した公衆電話の設置も進みましたが、同じ技術から発展した携帯電話の普及が進むと状況は変わってきます。
携帯電話の通信エリアが狭く、通話品質が悪かった時代は公衆電話の存在意義がありましたが、通信技術が飛躍的に進歩し、2020年に新幹線の全トンネルがエリア化されたことで公衆電話は歴史的役割を終えました。
電信と電話が鉄道運行を変えたように、現在は携帯電話通信網を活用したIoT技術が鉄道のメンテナンス体制を変革しています。鉄道と電気通信は今後も影響し合い、変化し続けていくことでしょう。
Writer: 枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx





コメント