【空から撮った鉄道】中央本線から去って早や5年 濃紺色とクリーム色の115系「山スカ」を想う

中央本線から115系が去ったのは2015年のことです。115系は最後まで横須賀色(スカ色)編成が走り、ファンからは山線を走るスカ色=「山スカ」と呼ばれ愛され、私もこの「山スカ」を空から追っていました。今回は「山スカ」の追憶を綴ります。

足掛け5年 秋には必ず115系「山スカ」を空撮

 私にとって115系電車は、どこにでもいる車両という感覚があります。小さい頃から当たり前のように走っていて、写真を撮り始めたころはよく撮影の練習台になり、都内から信州、甲州、上越へ普通列車の旅をするときは、いつも115系でした。それがあっという間に関東圏から遠ざかってゆきました。

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豊田車両センターでE233系やE257系、保留車のクハ201-1とともに留置中の「山スカ」115系(2008年12月1日、吉永陽一撮影)。

 115系がより身近だったのは中央本線です。立川や高尾から115系のボックス席に身をゆだね、MT54モーターの低い唸り音が響き、移りゆく甲斐路の山々を眺め……。ついこの前まで当たり前だったことが、もう思い出なのかと思うとちょっと寂しさもあります。

 中央本線を走った115系は横須賀色、通称「スカ色」編成でした。この「スカ色」は鉄道ファンの間で「山スカ」と呼ばれ、どんどんと人気者になっていきます。ファンが「山スカ」と呼ぶようになったのは、中央本線に転属された旧型国電70系電車が由来とのこと。私が生まれたとき70系は引退した後で、すでに115系の独壇場でした。JR化後はおおかたの車両が長野色に塗り替えられましたが、2015(平成27)年に中央本線から引退するまでのあいだ、豊田車両センター受け持ちの数編成が「スカ色」で2014(平成26)年12月まで運用され、同年3月からは長野総合車両センターの1編成が「スカ色」で残存していました。

 いまから12~3年前は山梨県内での撮影出張が多く、この撮影は空撮ではなかったのでよく県内に滞在し、空いた時間で「山スカ」を撮り始めました。国鉄時代から残るカラーリングと甲斐路の風景が良い雰囲気で気に入ったからです。やがて「山スカ」も消えていくだろうと、記録の意味合いもありました。それは空撮でも同じです。同じ時期、この出張に関連して空撮業務も開始しました。調布飛行場から飛び立つと決まって小仏峠を越え、中央本線に沿って笹子峠を越えて甲府盆地へ到達します。必然的に、眼下を行き交う列車を空撮しはじめます。

 山梨県の空撮は毎年秋のルーティンとなり、中央本線の空撮も恒例となります。本格的に撮り始めたのは2010(平成22)年くらいからですから、足掛け5年の記録となりました。季節は決まって初秋~晩秋。ここでは、豊田車両センター、高尾駅、山間を縫う相模湖~笹子間、鳥沢~猿橋間の鳥沢鉄橋、富士急行線と出会う大月駅、甲府駅を紹介します。

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Writer: 吉永陽一(写真作家)

1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。

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