2度も原子力施設を爆撃したイスラエル 国際社会の反応が真逆になったのはなぜ?

イラクの時と正反対 シリアの事例で国際社会が沈黙した理由とは

 しかし、2007年のシリアにおける事例では、このイラクの事例とはうって変わって、国際社会からの非難はほぼ皆無に近いものでした。

 攻撃を受けた側のシリアは、これを自国の領土に対する侵略として強く非難しましたが、国連安全保障理事会ではこの事件に関する審議すら行われず、それどころか、イスラエルとは長年、対立してきたはずのアラブ諸国からでさえこの事件に関する公式の反応は、個別には一切、示されませんでした。

 それでは、なぜ核関連施設を攻撃するという同じ性質の事例にも関わらず、国際社会の反応は正反対になってしまったのでしょうか。これについてはさまざまな理由が考えられますが、まずはそれぞれの施設の性質の違いが大きく関係していると思われます。

 そもそも、1981年に攻撃されたオシラク原子炉は、イラクがフランスからの技術協力によって建設していたもので、さらにイラクは核兵器の拡散を防止するための条約である「核兵器不拡散条約(NPT)」の締約国であり、それに基づく国際原子力機関(IAEA)の査察も定期的に受けていました。そのため、イスラエルが主張するようなオシラク原子炉での核兵器開発は難しい、というのが国際社会の見方だったのです。

 それに対して、2007年に攻撃されたアルキバルの施設に関しては、そもそもIAEAに届け出がなされておらず、当然、査察も行われていませんでした。また、アメリカの主張によれば、この施設は北朝鮮との技術協力によって建設が進められていた可能性もあり、こうした事情の違いを考慮すると、国際社会がこの事件に関する反応を差し控えたのは、政治的に無理もない話かもしれません。

【写真】1981年「イラク原子炉爆撃事件」爆撃直前と直後の原子炉

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