「第二山手線」の夢なぜ消えた 「東武大師線」ミニ支線で終わるはずじゃなかった歴史

2021年で開通90周年を迎える東武鉄道の一駅間だけの支線「大師線」。本来は「第二山手線」ともいうべき路線の一部で、東武も建設に意欲を注いでいました。延伸はなぜ実現しなかったのか、ミニ支線に秘められた歴史を紐解きます。

「ちょっと無理なんじゃないか……」になっていったワケ

 震災復旧の対応に追われるなか、東武はとりあえず西新井~鹿浜間の施工認可を申請し、それ以西は延期する許可を国から取り付けます。そうしているあいだに、東京は大きく変貌していきます。

 震災復興の都市計画と西板線の計画がバッティングするため、ルートは各所で修正を余儀なくされたうえ、下町から山の手へ、都市化の波が急激に広がっていき、西板線の計画沿線にも徐々に家屋が増えていったといいます。また、荒川放水路や隅田川の渡河部、既存の鉄道各線との交差部について関係各所との調整も難航、さらに昭和恐慌が追い打ちをかけます。

 結果的に、地元の要望も強かった西新井~大師前間のみが1931(昭和6)年に開通しましたが、それ以西は地価の高騰と建設費の増大により手が付けられず、建設は断念されました。東武の社史などの資料は、時代に翻弄され実現に至らなかったことを惜しむような記述で貫かれています。

 こうして「大師線」となった西新井~大師前間ですが、戦後はさらに道路計画との調整を余儀なくされます。環七通りの大師前駅前後の区間を建設するにあたり、鉄道を高架化するか、道路を高架化もしくは地下化するか、あるいは鉄道を廃止するかが議論され、一時は廃止も検討されました。

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環七通り(手前)の南側に立つマンションが旧大師前駅の跡(中島洋平撮影)。

 これに地元の猛反対もあり、最終的に環七通りの北側まで路線を「短縮」することで妥結、1968(昭和43)年、大師前駅が現在の位置に移転したのです。環七のすぐ南側にあった旧駅跡は現在、東武ストアを併設するマンションになっています。

 なお、1991(平成3)年には大師前駅を含む路線の高架化も行われ、現在に至っています。

 ちなみに、西板線の“副産物”とも言えるものもあります。それが東上線のときわ台駅と、「板橋の田園調布」とも称される常盤台の住宅地です。同駅は1935(昭和10)年に開業し、翌年に東武鉄道の手で宅地分譲が始まりましたが、もともと西板線の貨物操車場として取得していた土地を住宅地に転用したといわれます。

【了】

【路線図】大師線本来の姿「西板線」の計画図

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コメント

2件のコメント

  1. 昨今の情勢では、西板線をはるかに越える東京~名古屋間の未成線に期待しています…

  2. 北区周辺は東西に延びる鉄道路線が荒川線ぐらいしか無いので、実現していたらかなり便利になってたかと思いますね。

    環七通りに地下鉄構想がありますが、こちらは実現できるかどうか。

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