高架化で3年運休ナゼ? 南海高師浜線 異例づくめのバス代行 地域変える可能性も

代行バスは「いままでの移動を見直せるチャンス」に?

 今回の代行バスも、数km離れた南海バスの拠点(堺営業所)から送り込まれているほか、沿道にはバスベイ(乗降時にバスを退避させるスペース)などの設備もありません。鉄道の置き換えができるほどの路線を整備するとなると、まさに「イチから」となりそうです。加えて、旧国道26号は朝晩の混雑が激しく、高師浜駅などから南海本線の駅まで徒歩などで向かうにしても、この旧国道の横断がネックとなり想像以上に時間がかかります。

 そもそも高師浜線は大正時代、高級住宅街と大規模な海水浴場へのアクセス路線として開業しました。当時はほぼ全便が難波へ直通していたそうですが、南海本線が大阪市街へ通じる「タテ(南北)」の移動を担うのに対し、高師浜線は「ヨコ」を担い、いまでは全体の3分の2強を定期客が占める通勤・通学路線となっています。

 そのような路線を3年運休してのバス代行ですが、現在、旧国道26号沿いには高層マンションや新しい分譲区画が目立ち、代行バスが停車する伽羅橋(北)停留所は誘導員がひっきりなしに動くほどの賑わいを見せていました。代行バスは、これまでにない需要を掘り起こせる可能性もあるのかもしれません。

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高師浜線で運用されていた車両。改造前は南海22000系(ズームカー)として高野線で運用されていた(宮武和多哉撮影)。

 このほか、市が運行し高齢者などに限って利用できる「福祉バス・らくらく号」は、増車・増便がなされるなど、他都市と比べても利用水準が高くなっています。誰でも利用できるコミュニティバスなどの検討には至っていないものの、いま高師浜線が担っている都心通勤の「ヨコ移動」とは別に、病院や図書館・お買い物などの身近な「ヨコ移動」も同時に求められているのではないでしょうか。

 ちなみに、大規模な工事により鉄道を長期運休した例は、中部国際空港への連絡線建設にともなう高架化工事で常滑~榎戸間を2年近くバスで代行した名鉄常滑線や、路面電車から地下を走る普通鉄道へ移行するため、8年間もバス代行が続いた東急玉川線→新玉川線(現・田園都市線)などの例があります。

【了】

【商店街ごと閉鎖された駅も】高師浜線のいまを写真で見る

Writer: 宮武和多哉(旅行・乗り物ライター)

香川県出身。鉄道・バス・駅弁など観察対象は多岐にわたり、レンタサイクルなどの二次交通や徒歩で街をまわって交通事情を探る。路線バスで日本縦断経験あり、通算1600系統に乗車、駅弁は2000食強を実食。ご当地料理を家庭に取り入れる「再現料理人」としてテレビ番組で国民的アイドルに料理を提供したことも。著書「全国“オンリーワン”路線バスの旅」など。

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