「東急多摩川線・目黒線vs池上線」”東京南部覇権争い”の行方は【鉄道ライバル戦記】

東急多摩川線・目黒線と池上線は、同じ東急の路線ですが付かず離れずで並行しています。なぜこのような路線網になったのでしょうか。

起死回生を賭けた新線計画

 完全に後手に回った池上電気鉄道は、目指した目黒駅がすでに目黒蒲田電鉄の発着駅であったため、ターミナル駅を五反田駅に変更。1928(昭和3)年6月に蒲田~五反田間を全通させます。同時に起死回生の策として、雪ヶ谷から西へ分岐し、国分寺まで至る壮大なルートの路線免許を取得。その手始めとして、同年10月に「新奥沢線」という名称で、雪ヶ谷~新奥沢間の1.5km弱を開業します。

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東急池上線と旧目蒲線で走っていた旧3000系電車をイメージし、池上線に登場した1000系「緑の電車」(2019年11月25日、恵 知仁撮影)。

 しかし時すでに遅く、ライバルの目黒蒲田電鉄ではこの5年間に一気に飛躍していました。子会社の東京横浜電鉄が1926(大正15)年に丸子多摩川(現・多摩川)~神奈川間を開業、目蒲線との直通で目黒~神奈川間の列車を走らせます。神奈川駅は東横線反町~横浜間に存在した駅です。さらに翌1927(昭和2)年には渋谷~田園調布~丸子多摩川間が開業し、「東横線」が誕生します。加えて同年には目黒蒲田電鉄の大井町~大岡山間が開業。1929(昭和4)年には二子玉川まで延伸します。

 堤康次郎と並ぶ関東鉄道界の辣腕家・五島慶太の前には為すすべもなかったのでしょう。1934(昭和9)年、池上電気鉄道は目黒蒲田電鉄に吸収合併されます。はかなく散った夢の跡である新奥沢線は1年後に廃止。現在は新奥沢駅の跡地に記念碑が立つのみです。

 それから約20年が経った戦後の1954(昭和29)年、池上線と大井町線の交点にようやく乗換駅「旗の台駅」が設置されました。

 2000(平成12)年、東急目蒲線は東急目黒線と東急多摩川線に分割。目黒線は都営三田線との直通運転を開始、一方の東急多摩川線は多摩川~蒲田間を往復するだけのローカル線となりました。

 2008(平成20)年、新型電車「7000系」が東急多摩川線と池上線で同時にデビュー。火花のように一瞬だけ燃え上がったライバル関係は、今や手を携えて地域輸送を担う存在となっています。

【了】

【地図で見る東急の生い立ち】

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コメント

3件のコメント

  1. 別にこういう記事もいいけど芸備線の地元協議申し入れのニューストピック立てないの?

  2. こういう記事は最初に地図を表示

    したほうがわかりやすいと思います

  3. 東横線菊名より五反田駅に行くには2−3回乗り換えねばならない。面倒で時間も余計掛かる。そこで地図を眺めると不動前駅を使うと上手く行くと1回乗り換えで済み徒歩で五反田に行ける事が分かった。又菊名駅からも不快ながら新幹線新横浜駅まで徒歩で行ける。近々解消されるが。蒲ー蒲駅も同様、徒歩圏。謎の会社、東急電鉄。

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