再熱? 車のナンバーにもなった「矢切の渡し」なぜ残ったか バスと船で都県境越え

寅さんは矢切の渡しにわざわざ乗った? 「聖地」が多すぎる件

 さまざまな試練を乗り越えてきた「矢切の渡し」はその都度、息を吹き返しつつ現在に至ります。いまでは「松戸」の図柄入り自動車ナンバープレートに手漕ぎ船と船頭が描かれるなど、都県境を越えた地域の象徴的な存在にまでなっているといえるでしょう。

 現地に行く場合、事前の予習として、関連する映画や歌謡曲、漫画をチェックしておくと、感慨深いものになるかもしれません。

 たとえば映画「男はつらいよ」で矢切の渡しは何度か登場しますが、その最初は第1作の冒頭、寅さんが20年ぶりに柴又へ帰郷する有名なシーンです。ただ公開された1969(昭和44)年当時、矢切周辺には北総鉄道の矢切駅はおろかバス路線もなく、千葉県側から船に乗るには松戸駅から4kmも歩く必要がありました。

「なぜ寅さんは“わざわざ”矢切の渡しを?」と疑問に思う人もいるようですが、そんな詮索こそ野暮というものでしょうか。渡船場や前出の「川甚」だけでなく、寅さんの実家として描かれた「とらや」などの撮影が頻繁に行われていた帝釈天の参道を歩くのも良いでしょう。

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柴又帝釈天 題経寺(宮武和多哉撮影)。

 映画以外でも、「描かれた矢切の渡し」は枚挙にいとまがありません。古くは1906(明治39)年に発表された伊藤左千夫の小説「野菊の墓」で、主人公の斎藤政夫が従姉妹の民子に想いを残しつつ、進学で矢切を離れる場面にて渡し船が登場します。

 そして、この渡しを舞台にした男女の逃避行を描いたのが、歌謡曲「矢切の渡し」の歌詞です。ちあきなおみさんの鬼気迫る歌唱から4年後にリリースされた、細川たかしさんのシングルがミリオンヒットを記録すると、柴又側の河川敷で開催されたイベントに1万人以上が押しかけたそうです。

 帰りには、柴又側の渡船場から上流の浄水場も見ていきましょう。「こちら葛飾亀有公園前派出所」テレビアニメ版のオープニング曲「葛飾ラプソディー」で、歌詞にも登場した「とんがり帽子の取水塔」があります。夕暮れ時に訪れると、歌詞の続きにある「帝釈天に夕陽が落ちる」さまも続けて眺めることができます。

【了】

【ウッソ手漕ぎ!?】超オールドスタイルな矢切の渡しの船ほか(写真)

Writer: 宮武和多哉(旅行・乗り物ライター)

香川県出身。鉄道・バス・駅弁など観察対象は多岐にわたり、レンタサイクルなどの二次交通や徒歩で街をまわって交通事情を探る。路線バスで日本縦断経験あり、通算1600系統に乗車、駅弁は2000食強を実食。ご当地料理を家庭に取り入れる「再現料理人」としてテレビ番組で国民的アイドルに料理を提供したことも。著書「全国“オンリーワン”路線バスの旅」など。

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