フランス生まれの「甲鉄艦」なぜ5か国も渡り歩いた? そもそも何しにニッポンへ

時は19世紀後半、何度も艦名を変えながらフランス、デンマーク、キューバ、アメリカを渡り歩いた軍艦がありました。やがてこの艦は来日し、幕末の動乱では幕府と官軍による争奪戦の的にも。稀に見る数奇な運命をたどった軍艦の物語です。

装甲艦「ストーンウォール」改め「甲鉄艦」へ

 こうして「スフィンクス」は、デンマーク艦「スタルカルド」となったのちアメリカ軍艦となり、南軍の英雄トーマス・ジャクソン将軍のあだ名にちなみ「ストーンウォール」と改名。フランスで物資を積み北米大陸に向け出航しますが、舵が故障しスペインで数か月の修理を受けます。

 修理後に「ストーンウォール」は大西洋を横断し、1865年5月にスペイン領のキューバへ到着。ただ、この時点で南軍は敗北し、南北戦争は終結を迎えました。

 これにより行き場のなくなった「ストーンウォール」は艦長によって1万6000ドルでキューバに売却されました。北軍側、すなわちアメリカ政府は引き渡しを求め、キューバに対する借金のうち売却額分の帳消しを条件に同艦を取得します。改めて11月下旬にアメリカへと向かった「ストーンウォール」でしたが、今度は石炭船との衝突で沈没。一旦は引き上げられてワシントン海軍工廠で修理されたものの、そのまま放置されていました。

 この頃、海軍力の増強を進めていた徳川幕府は、「開陽丸」に続く新たな軍艦の購入をアメリカと交渉することになりました。

 1867年1月、勘定吟味役(財政・民事の役所「勘定所」監査役)の小野友五郎を代表とする使節団が渡米します。余談ながら、通訳として福沢諭吉もこの使節団に名を連ねていました。

 この日本から来た使節団が、ワシントン海軍工廠で放置状態にあった「ストーンウォール」を見つけます。同艦は即戦力として使えると認識されたため、40万ドルで購入契約を結び、艦名も「甲鉄艦」に再び変更されました。アメリカとしては1万6000ドルで手に入れた船ですから、引き上げと修理費を引いても十分に元が取れたわけです。

 翌1868年1月22日に「甲鉄艦」は品川沖に到着しましたが、このころすでに鳥羽伏見の戦い(1月3日~6日)で戊辰戦争が勃発しており、否応なく「甲鉄艦」は幕末の動乱に巻き込まれます。幕府軍と官軍の双方が「甲鉄艦」の引き渡しをアメリカに要求。駐日アメリカ公使ファルケンブルグは江戸に進軍中の官軍が有利と見て、3月に官軍の方へ引き渡しました。

【写真】「甲鉄艦」の艦首アップほか

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