プロペラがお尻にある「推進式」戦闘機、何がメリット? WW2では開発合戦 名残はいまも

プロペラ機において、プロペラは機首または主翼の前部に付けるもの、という常識を覆し、プロペラを機体の後部に付けた「推進式」の航空機は、第2次世界大戦で異彩を放つ存在でした。その名残は今の戦闘機にも引き継がれています。

エンジンは前か後ろか プロペラも?

 レシプロ機などのプロペラで推進する航空機の多くは、エンジンを機首、または主翼の前部に配置し、プロペラも機体の“前”についているのが一般的なイメージです。第2次世界大戦における航空機の大部分は、この「牽引型」とよばれるタイプでしたが、当時、プロペラが”後ろ”に付いた「推進式」とよばれるタイプの軍用機の開発を、いくつかの国が試みました。

 たとえば、太平洋戦争で旧日本海軍が開発した局地戦闘機「震電」は試作機で終わりましたが、この機体はエンジンを機体後部に置き、機首に前翼(カナード)を配置した「エンテ型」という独特のフォルムであり、今でも飛行機ファンに根強い人気があります。実はこの推進式の歴史は古く、しかも日本のみならず各国で開発されています。

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旧日本海軍の局地戦闘機「震電」。プロペラが尾部にある推進式(画像:アメリカ海軍)。

航空機の歴史は推進式から始まった

 1903(明治36)年12月、アメリカのライト兄弟が世界初の有人動力飛行を成功させます。彼らが造った「フライヤー」号は、2基のガソリン・エンジンを積んだ推進式でした。その航空機に目を付けたアメリカ陸軍は、偵察用に「ライト・フライヤー」を採用し、これが世界最初の軍用機となりました。

 1909(明治42)年にフランスでプロペラが機首に付いた最初の牽引型の航空機「グーピー2」が登場すると、二つのタイプが造られるようになります。第1次世界大戦では両者が混在していましたが、推進式は速力を上げるためプロペラを大きくすると、離陸時の機首上げで翼が地面に接触する恐れがあり、地上にあっても脚を長くしてプロペラを高い位置に置く必要がありました。

 ただ、推進式は機首に機銃を配置できるという点で牽引式より有利でした。牽引式は機首に機銃を付けると、弾丸がプロペラを打ち抜いてしまう欠点があったのです。しかしやがて、プロペラが回転する隙間をぬって弾丸を発射する同調装置が開発され欠点を克服します。こうしたことから、軍用機は次第に牽引式が主流になっていったのです。

【胴体、短っ!】各国がチャレンジした「推進式」プロペラ機を写真で見る

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5件のコメント

  1. >>操縦席のすぐ後ろにエンジンがある推進式は機体をコンパクトにまとめることが可能であり

    この部分ですぐにP-39「エアラコブラ」を思い浮かべました。

  2. >> しかし、サーブ39グリペンや中国のJ-20など現代の
    >> 戦闘機には、かつての「震電」と同様のものです。
    ???
    〜現代の戦闘機には「カナード翼を持つ機種もあり、これは」かつての震電と同様の〜
    とかかしら?

    • ご指摘ありがとうございます。記事を修正しました。

  3. この時期のプッシャー戦闘機は他に米のエアラクーダ、仏のナルヴァル、蘭のSchelde S.21辺りが思いつきます
    またDo.212のような推進式の飛行艇は無数にあります

  4. リーブ21