F-16に勝つ「三菱 F-1」どんな存在だったのか 戦後初国産戦闘機 多用途戦闘機の先駆け

航空自衛隊F-2戦闘機の先代にあたるF-1は、のちのマルチロールファイターという発想を先取りしたような戦闘機です。旧式化したのちもパイロットたちの努力により長年、戦力として扱われていました。どんな機だったのでしょうか。

戦後日本初の国産戦闘機F-1 活動の場は陸・海・空!

「エフワン」と聞けば、ほとんどの人はモータースポーツの最高峰、「F1グランプリ」を連想することでしょう。しかし、戦闘機ファンは航空自衛隊がかつて保有し、日本の防空を担っていた国産戦闘機F-1をまず連想するかもしれません。

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青森県の三沢航空科学館に展示された、F-1戦闘機。機体に走る赤のラインは第3飛行隊における運用終了時の特別塗装(柘植優介撮影)。

 F-1は国産の超音速高等練習機T-2を母体に三菱重工業が開発した、我が国において戦後初の国産戦闘機です。F-15「イーグル」戦闘機やF-4「ファントムII」戦闘機に比べるとやや小型でシャープな形状ながら、凄みのある迷彩塗装に身を包み、最大速度はマッハ1.6。対空、対地、対艦の任務に対応し、2019年現在、各国が運用中の戦闘機にも見られる多用途能力、いわゆるマルチロールファイターのはしりと言っても過言ではない機体でした。初飛行は1977(昭和52)年で、2006(平成18)年までの29年間、日本の空の防衛に貢献しました。

 F-1の活動の場は幅広く、対空任務では空対空ミサイルを装備し、おもに対領空侵犯措置任務、いわゆるスクランブル任務で日本の防空に従事。対地任務では有事の際、陸上自衛隊の戦闘を空から支援するため、固定武装の20mmバルカン砲、各種爆弾やロケット弾を用いて敵上陸部隊の撃滅が任務とされていました。

 そして対艦任務はまさにF-1の独壇場でした。F-1はF-4EJ改やF-2が登場するまでは、国産のASM-1空対艦ミサイルを発射できる唯一の機体であり、島国である日本に迫る敵艦隊を屠る能力を持つ重要な戦力だったのです。

 与えられた正式名称は「F-1支援戦闘機」。F-1はその能力から「攻撃機」や「戦闘爆撃機」と呼ばれるべき機体でしたが、専守防衛を第一とする自衛隊では他国への攻撃を連想させる名称を避け、「支援戦闘機」と呼んだのでした。

【写真】爆弾もりもり 実用試験中のFS-T2改(F-1原型機)

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コメント

3件のコメント

  1. いい加減詐欺紛いのタイトルは辞めません?
    勝率はかなり低いというか、圧倒的に負けてましたよね?
    当時GCIモニターしてたマニアの人ならわかり切ったことですよ。

  2. 「f-16に勝つ」とかアホじゃねーの?
    作者、戦闘機初心者かな?

  3. ホルホル格好悪い。T-2ブルーインパルスは好きやったけどなぁ。