残っていれば大化け? 札幌「定山渓鉄道」 廃駅舎が語る“財界人と五輪に振り回された歴史”

人口約200万人を擁する札幌の市街地に「電車が来ない駅舎」がポツンと佇んでいます。ここに走っていた定山渓鉄道は、かつて北海道の観光開発の核となるはずでしたが、その運命はオリンピックに左右されます。

牛専用の踏切もあったローカル線、買収で急変?

 定山渓鉄道が1918(大正7)年に開業した当時、沿線にあった銅山からの鉱石輸送は多かったものの、周囲に人家は極めて少なく「べこ踏切」(家畜専用の踏切)を設けて牛や馬を通すほどにのどかな地域だったのだとか。しかし戦後、札幌市内から1時間ほどで到達できる定山渓に観光客が戻ってきたことで、一転して鉄道の旅客輸送全盛期を迎えます。

 道内の国鉄路線で優等列車が急行しかなかった頃に、座席指定の特急「もみじ」運行したほか、自前で気動車を新造することで、当時は電化されていなかった国鉄札幌駅に悲願の乗り入れを果たすなど、その歩みは順調そのものに見えました。

 しかしここで、虎視眈々とその経営権を狙っていたのが、東京急行電鉄(当時)の中興の祖・五島慶太です。鉄道・不動産の経営を次々と掌握することから「強盗慶太」の異名で呼ばれていた氏は、戦後の公職追放から会長に復帰した後、伊豆・箱根・軽井沢などで剛腕ぶりを発揮していました。

 若いころに鉄道省の官吏として定山渓鉄道の開業式典に立ち会っていた縁もあり、1956(昭和31)年8月に東急の役員数人を引き連れ、久々の訪問となる定山渓でゆったり湯治を楽しんだと言います。ただ「骨休めだよ」と言う割には、なぜか地元大手新聞の記者もその場に居合せるなど、その行動は通常の観光客とは違っていました。

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旧石切山駅の裏の道路は線路跡(宮武和多哉撮影)。

 その後語られた「定山渓鉄道の複線化・近代化」「札幌大通・夕張への直通」「洞爺・喜茂別方面への延伸」「北海道を雪のある一大観光地に」など次々と出てくる構想に、新聞・ラジオはいつの間にか持ち切りに。敵対買収の意思を明確にした後は、当時の定山渓鉄道が過大投資で苦境に陥っていたこともあり、プロキシー・ファイト(議決権争奪戦)では一連の報道に魅せられた株主の支持による圧倒的な勝利を経て、1957(昭和32)年には同社を東急傘下に収めることに成功します。

【路線図】定山渓鉄道の位置/札幌市街に残る遺構(写真)

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