残っていれば大化け? 札幌「定山渓鉄道」 廃駅舎が語る“財界人と五輪に振り回された歴史”
サヨナラ列車の映像、「水曜どうでしょう」とともに全道に流れた
廃止から50年以上が経った2018年9月、札幌市内への移転を控えたHTB(北海道テレビ放送)の旧社屋(豊平区南平岸)最後のクロージングで、かつての定山渓鉄道の様子が放送され話題を呼びました。
1968(昭和43)年の開局当時は、定山渓鉄道の南平岸駅が最寄り駅で、多くの社員がこの鉄道を利用していたという同局にとって、定山渓鉄道の廃止と地下鉄南北線の開業は特別な出来事だったのでしょう。他にHTBの名を全国に知らしめた「カムバックサーモン運動」やテレビ番組「水曜どうでしょう」の映像とともに、旧社屋から配信される最後の4分間の映像の中に選ばれたのです。
そして2021年には、東京五輪のマラソン会場として、札幌は2度目のオリンピックを迎えることとなりました。背景に映った「じょうてつバス」のバス停から定山渓鉄道を思い出す年配の方もいらっしゃったようです。
札幌市街地には、定山渓鉄道の線路跡がかなりわかりやすく残っているところもあります。国鉄千歳線との接続点となっていた東札幌駅周辺は、千歳線の付け替え後、1986(昭和61)年に鉄路が全面廃止となり、跡地に開業した商業施設「ラソラ札幌」には鉄道のモニュメントが設置されています。そこから定山渓鉄道の線路跡を進むと、現在の「株式会社じょうてつ」本社や「東急リネンサプライ」「東光ストア豊平店」など、東急や定山渓鉄道の関連企業が点々と続き、グループ内で線路周りの細長い土地を有効活用した跡が窺えます。
線路跡は廃止の一因ともなった月寒通りとの交差部分でいったん途切れますが、その先の南平岸~真駒内間は前述の通り地下鉄南北線の高架となっています。
真駒内から先は、地下鉄南北線の建設当時に“将来的には藤野地区(旧・藤の沢駅近辺)延伸”という構想が打ち出されていたものの実現せず、札幌市が所有していた定山渓鉄道の跡地も道路への転用などで姿を消しつつあります。しかし一部には橋脚なども残っており、豊平川沿いの谷筋を切り拓いてきた鉄道の跡をたどるのも良いでしょう。
なお、定山渓鉄道沿線の澄川・藤ノ沢・藤野などの地区は、もともと同社の開発部が「スクーター1台分で戸建ての土地が買える」というキャッチフレーズのもと、盛んに宅地分譲を行っていた地域でもあります。確かに農地からの転用が盛んだった昭和30年代、この土地は安く取得はできましたが、電気・ガス・水道などのインフラはこの時点で未整備。「いずれ買う人が増えたら整備されるだろう」という運任せな物件だったようですが、もちろん現在では、往時が信じられないほどの宅地に変貌を遂げています。
【了】
Writer: 宮武和多哉(旅行・乗り物ライター)
香川県出身。鉄道・バス・駅弁など観察対象は多岐にわたり、レンタサイクルなどの二次交通や徒歩で街をまわって交通事情を探る。路線バスで日本縦断経験あり、通算1600系統に乗車、駅弁は2000食強を実食。ご当地料理を家庭に取り入れる「再現料理人」としてテレビ番組で国民的アイドルに料理を提供したことも。著書「全国“オンリーワン”路線バスの旅」など。
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