残っていれば大化け? 札幌「定山渓鉄道」 廃駅舎が語る“財界人と五輪に振り回された歴史”

人口約200万人を擁する札幌の市街地に「電車が来ない駅舎」がポツンと佇んでいます。ここに走っていた定山渓鉄道は、かつて北海道の観光開発の核となるはずでしたが、その運命はオリンピックに左右されます。

鉄道界の巨星、肝心なタイミングで墜ちる…五輪が逆に命取りに?

 そのまま開発が進むと思われた定山渓鉄道ですが、ここで2つの誤算が生じます。まずは鉄道線と並行する国道230号の改良で、鉱石輸送がことごとくトラックに転移したこと、そして買収劇の2年後に肝心の五島慶太が突然世を去ってしまったことです。氏の長男・五島 昇社長(当時)は「オヤジの最後10年の買収は全て失敗だ」と言い切り、多岐にわたる事業から縮小・撤退の動きを鮮明にしました。

 同社は引き続き東急グループに残ったものの、延伸はおろか複線化などの新規投資は望めず、定山渓~札幌~夕張を繋ぐ鉄道網の要となるはずだった「札幌急行電鉄構想」も自然消滅。また、27.2kmの全線に66か所も踏切があり、かつて家畜を通していた「べこ踏切」の多くは周囲の開発が進む中で警報機も遮断棒もない「勝手踏切」状態に。高速道路の開通前には室蘭への街道として交通量が増大していた国道36号(月寒通り)の横断は、早くから渋滞の原因として槍玉に上がっていました。

 そして、1966(昭和41)年に札幌での開催が決定した冬季オリンピックへの動きが、定山渓鉄道にとどめをさすことになります。札幌市はメイン会場地区となった真駒内への一刻も早いアクセス改善を迫られていましたが、その真駒内を経由していた定山渓鉄道は札幌まで直接到達しておらず、度重なる踏切事故もあって、北海道警からは異例の「高架化できない場合は線路撤去」との要請を受けてしまいます。地元新聞も「定鉄は早く廃止を」「札幌五輪で交通マヒ必至」と、10年前とは正反対の論調に転じ、廃止を促す側に回りました。

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定山渓鉄道の後進、じょうてつバス。札幌駅付近まで乗り入れる(宮武和多哉撮影)。

 定山渓鉄道は現在の市営地下鉄南北線の建設に土地を売却することとなり、1969(昭和44)年11月、鉄道としての歴史に幕を閉じます。南北線の建設に再活用される区間(平岸~真駒内)の撤去工事は即座に始まり、8か月後に着工、そしてオリンピック開催の前月1971(昭和46)年12月にかろうじて開業へ漕ぎ着けました。南北線はこの周辺ではほぼ全線で高架を走り、雪除け用のアルミ製シェルターに覆われた近代的な鉄道として、かつての“じょうてつ”から劇的に変貌を遂げたのです。

【路線図】定山渓鉄道の位置/札幌市街に残る遺構(写真)

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