「反自衛隊」県民感情は半世紀でどう変わった? 元陸自トップが語る沖縄の重要性

沖縄が本土に復帰してから50年が経ちました。いまから半世紀前の沖縄はどのような状況だったのか、自衛隊に対する風当たりはどれほどだったのか、沖縄駐屯部隊を原隊とする元陸上幕僚長に話を聞きました。

知られざる沖縄の偉人「桑江良逢氏」の存在

――最初の在沖陸自部隊のトップともいえる臨時第1混成群長(当時)に就任したのは、沖縄出身の故桑江良逢氏でした。氏は火箱さんの恩師といえる人だそうですが、故人についての思い出などありますか。

 桑江氏は旧日本陸軍士官学校を卒業したのち、満州(現在の中国東北部)の国境警備部勤務を経て1944(昭和19)年2月以降、西太平洋の赤道付近、メレヨン島(現在のミクロネシア連邦ウォレアイ環礁)に駐留する部隊の中隊長として終戦を迎えた方です。

 その後、1952(昭和27)年に警察予備隊へ入隊、第10普通科連隊長(滝川)や防衛大学校の訓練課長などを務めましたが、このとき、私も防大の1~2年生であったため、少しだけ接点がありました。

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陸上幕僚長時代の火箱芳文氏(火箱芳文所蔵)。

 当時、学生の間では沖縄出身で陸士を卒業し、メレヨン島で補給が途絶え草や木の根まで食べることで、死の淵をさまよいつつも生き延び終戦を迎えた苦労人と認識されていました。

 それでも桑江氏は、沖縄が日本に復帰することが決まると、配置予定の臨時第1混成群の編成基幹要員になり、熊本で編成に関する諸業務を開始。1972(昭和47)年3月1日に臨時第1混成群長になったのです。

 第1混成群に限らないのですが、新編部隊というのは各部隊から差し出された要員によって編成されます。要員を差し出してくれる他部隊は、いくら新編部隊が重要な意味合いを持っているからといっても、優秀な隊員を出してくれるわけではありません。場合によっては、能力的、あるいは性格的に手のかかるもの、要は厄介な人員をあてがってくることもあるのです。ゆえに、部隊においては団結、規律、士気が極めて重要になりますが、新編当初は寄せ集めであり、その点で不十分なことは否めません。

 そのため、新編時は指揮官の統率が極めて重要になるといえるでしょう。終戦から27年ぶりに本土復帰する沖縄は、旧軍への極めて悪い感情に加え、戦後27年間にわたるアメリカ軍のイメージもあり、県民の反自衛隊・反米軍感情が盛んなところでした。

【写真】沖縄に移駐する陸自部隊&1970年頃の沖縄の風景

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