希代の不人気旅客機「メルキュール」が全ッ然売れなかったワケ 仏版「737」実は高スペック?

なぜ「メルキュール」はここまで売れなかったのか?

「メルキュール」が売れなかった原因としては、1970年代のオイル・ショックによる新型のジェット旅客機の需要の冷え込みもありましたが、決定的だったのは欧州域内の運航を前提とし、2000km弱に抑えられていた航続距離にあったとも。エアライン側の興味が、同じ位の大きさで、短距離路線にも、アメリカ大陸横断路線といったより航続距離が長い中距離路線にも投入できるような機体に向いてしまったため、といわれています。製造機数は、量産されたジェット旅客機のなかでも最少クラスとなる、わずか12機でした。

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ルフトハンザ航空のボーイング737(画像:ルフトハンザ航空)。

 ただし、ダッソー社の「メルキュール」はいくつか、民間ジェット旅客機のマイル・ストーンを飾っている機体であるのも事実です。先述した先進的な計器着陸装置「ILS カテゴリーIIIA」を装備して初めてFAA(アメリカ連邦航空局)の型式証明を取得したこともそうですし、初めて女性のみによる運航を実施した、といった記録もあります。

 なお、フランス語の「メルキュール」と言う名称は、ローマ神話における商人や旅人の守護神の名前で「水星」を意味します。この守護神、頭にヘルメットとその足にエルロンを持ち、英語では「マーキュリー」とも呼ばれます。名付け親はダッソー社の社長であるマルセル・ダッソー氏なのだそうです。ちなみに、ダッソー社によると同型機は「無事故で4400万人の乗客を乗せ、44万回の飛行を行った」とのことです。

 ちなみに「メルキュール」はヒット作とはなりませんでしたが、その後、ダッソー社と同郷であるフランスの航空機メーカー、エアバス社のA320が737の牙城を切り崩すことになります。「メルキュール」とA320、そのルックスはまさに瓜二つ。「メルキュール」の開発にあたった技術者が、エアバスA320の開発にも携わり、ライバルに“倍返し”したのかもしれません。

【了】

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Writer: 種山雅夫(元航空科学博物館展示部長 学芸員)

成田空港隣の航空科学博物館元学芸員。日本初の「航空関係専門学芸員」として同館の開設準備を主導したほか、「アンリ・ファルマン複葉機」の制作も参加。同館の設立財団理事長が開講した日本大学 航空宇宙工学科卒で、航空ジャーナリスト協会の在籍歴もある。

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