なぜ住宅街に? 羽田近郊の知られざる「航空の安全を願う」施設とは 始まりは"御巣鷹"より遥か前

大田区にあるもうひとつの「安全祈願施設」とは?

 その一方、前出した「航空会社関係の施設ではないところ」の慰霊施設は、大田区の住宅街にあり、ANAやJALの施設とは打って変わって、ひっそりとしています。

 その施設は全日空のセンターから約1.3km北、大田区大森南の法浄院にあります。ここでは、戦前の空中衝突事故で地上に墜ちた機体に巻き込まれて亡くなった人たちを祀っています。

 1938年8月24日午前9時頃、当時の東京市蒲田区の東京羽田飛行場を離陸した日本航空輸送会社のフォッカー旅客機と日本飛行学校のアンリオ練習機が空中で衝突し爆発炎上。大森区大森に墜落しました。

 一周忌を伝えた当時の新聞によると、搭乗者を含めて161人が死傷。航空機事故の歴史を調べる専門家によると、この事故の死者数も当時、世界最大だったとのことです。法浄院の由来板には、もともとあった観音堂へ、事故に巻き込まれた85人の慰霊のため地蔵尊や位牌を安置したと記されています。

 現在、法浄院の周囲は住宅は密集しており、80年以上前に事故があったことは想像できません。院の建つ姿もひっそりとしています。

 どんな大きな出来事も時が経つにつれ、人々の記憶から薄れていきます。いまや旅客機は「世界でもっとも安全な乗りもの」とも評されますが、必ずしも“順風満帆”に実現したものではなく、こういった事故を踏まえ、各所が安全に対し血の滲むような努力を注いだ結果である――というのも、忘れてはならないでしょう。

【了】

※誤字を修正しました(8月12日8時55分)。

【写真】ほんとひっそり… 第3の「航空事故慰霊施設」を見る

Writer: 相良静造(航空ジャーナリスト)

さがら せいぞう。航空月刊誌を中心に、軍民を問わず航空関係の執筆を続ける。著書に、航空自衛隊の戦闘機選定の歴史を追った「F-Xの真実」(秀和システム)がある。

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