日本にもいた米空母艦載機A-6を覚えているか 派生型多数で半世紀も繁栄 何が良かった?
A-6ファミリーのなかで最後まで現役だった「プラウラー」
●電子戦型EA-6B
最後に作られた派生型が電子戦型EA-6B「プラウラー」です。コックピット部分を延長して4座とし強化型エンジンと電子戦装備を搭載した本格的な電子戦機で、海軍と海兵隊で採用されました。胴体を延長し、パイロット1名と電子戦士官(ECMO:エクモ)が3名搭乗する形へと変更したのが特徴で、パイロット横の前席ECMO1が航法、通信、防御側電子戦を担当し後席のECMO3とECMO4が電波妨害を行う攻撃側電子戦を担当しました。
EA-6Bは電子戦機の決定版として改良が繰り返され、1991(平成3)年までに170機が生産されています。また原型のA-6「イントルーダー」攻撃機が退役した後も実戦部隊にとどまり、空軍の電子戦機EF-111「レイブン」が退役した後は空軍の作戦にも同行するようになりました。そのため、EA-6Bは1971(昭和46)年の部隊配備から後継機となるEA-18G「グラウラー」の戦力化が完了する2019年まで、実に48年もの長期間にわたり第一線で使われました。
ちなみに、EA-6B「プラウラー」はベースとなったA-6「イントルーダー」と比べ、機首部分を大きくするなどの形状変更などで、空力的に不安定な面が出るようになり、操縦が難しいとの指摘があります。半世紀近くに渡った就役期間中に、およそ50機が失われていますが、実戦で撃墜された機体は1機もありません。危険な任務の内容と出撃回数を考慮すると実戦における損失ゼロは驚愕に値します。この数字は米海軍の電子戦能力の高さを証明しているともいえるでしょう。
A-6「イントルーダー」は、派生型EA-6B「プラウラー」の退役まで含めると、実に56年間にわたって第一線で運用され続けたことになります。運用国はアメリカのみですが、同機が冷戦中に果たした役割は決して小さくなく、だからこそ攻撃機や電子戦機といった地味な機体ながら、比較的名の知られた名機にまで昇華したのかもしれません。
【了】
※一部修正しました(11月17日10時45分)。
Writer: 細谷泰正(航空評論家/元AOPA JAPAN理事)
航空評論家、各国の航空行政、航空機研究が専門。日本オーナーパイロット協会(AOPA-JAPAN)元理事
A-6イントルーダーが主役と言える映画イントルーダー怒りの翼は原作デビル500応答せずを併せて読むとこの機体のミッションが理解できます。
北ベトナムへの攻撃任務で陸地上空に到達(ドライフット)したときの緊張感や、夜間に給油機の搭乗を命じられたときの違った意味の困難さなど。
古い作品ですがオススメ。
たしか、A6を「間違えて撃墜」したのは、日本の護衛艦だったのでは