梅田の広大な貨物駅 なぜ長く残った 「大阪最後の一等地」が未だ空白の理由 どう変化?

地下化後の貨物列車はちょっと大変に

 貨物線の地下化で難航したのは、新駅~福島間の工事です。都心の狭隘な空間を走る地上線の下に地下線を整備するのは至難の業で、完成まで10年かかりました。

 地下線の前後は最大23.5パーミルの急勾配があるため、吹田から地下新線経由で安治川口駅に向かう貨物列車は前後に電気機関車をつなぐプッシュプル運転で対応します。また、新駅~福島~西九条間が単線での運行となるうえに、福島駅の隣にある浄正橋踏切での幹線道路との平面交差が解消されないため増発が難しい点は課題です。

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大阪駅の西端にある梅田貨物線 西梅田一番踏切と特急「はるか」。都心を走る地平線の姿もあとわずか(森口誠之撮影)。

 梅田駅開発構想が浮上して40年以上が経ち、ようやく地下新線と大阪駅地下ホームが完成しますが、新ホームの利用はしばらく少ないと思います。周辺の開発が未完成な上に他の繁華街と離れているからです。

 ただ、来年、2期エリア「グラングリーン大阪」にホテルや商業施設が完成し、JR西日本の新ビルが連絡通路の真上にオープンします。2年後に各ビルが全面開業し、8年後、なにわ筋線が乗り入れると、状況は様変わりするでしょう。巨大貨物駅のあった名残が消えた後、街がどのように変貌するのか。今後も注目したいところです。

【了】

【地図/写真】うめきたプロジェクトと新駅/現役当時の貨物駅

Writer: 森口誠之(鉄道ライター)

1972年奈良県生まれ。大阪市立大学大学院経営学研究科前期博士課程修了。国内全鉄道と海外80ヶ国以上を旅しながら鉄道史や資料調査に没頭する。主な著書に『鉄道未成線を歩く 国鉄編』『同 私鉄編』、『開封!鉄道秘史 未成線の謎』など。

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