日本海軍を支えた「豪華客船になるはずだった空母」とは 米海軍の“武勲艦”を撃沈して終戦まで生き残る

日本海軍の空母「隼鷹」は、日本最大の客船として完成する予定でしたが、空母に改造。客船をベースとした特設航空母艦の中では、際立った活躍を見せました。

終戦まで生き残った数少ない日本海軍の空母

 日米が戦力の回復に注力していた1943年は、機動部隊同士の海戦が発生せず、「隼鷹」は南方と本土を往復し、主に物資輸送任務に従事しました。

 その間には、ガダルカナル島の撤収作戦にも参加。しかし11月には、日本近海でアメリカ軍の潜水艦による雷撃を受け損傷、広島県の呉軍港へ帰投しています。

 1944年6月には、中部太平洋のサイパン島に侵攻しようとするアメリカ軍を、日本軍が迎撃したマリアナ沖海戦が勃発します。日本海軍はこの戦いに、真珠湾攻撃に投入した空母6隻を上回る空母9隻を投入。その中には「隼鷹」の姿もありました。

 一連の海戦で、日本海軍は空母「大鳳」「翔鶴」「飛鷹」のほか、多数の航空機を喪失して完敗しました。「隼鷹」も空襲を受けて煙突に爆弾が直撃し、火災が発生していますが、沈没は免れています。

 1944年7月に第2航空戦隊は解体され、「隼鷹」は伊勢型航空戦艦が所属する第4航空戦隊に編入。艦内の不燃化工事が実施されました。台湾沖航空戦で航空機の損耗が続き、1944年10月のレイテ沖海戦には参加せず、それ以降は搭載する機体もないため、輸送艦として活用されました。

 12月、「隼鷹」は台湾から本土へ向けて航行中、アメリカ軍潜水艦の攻撃を受け被雷。満身創痍で長崎港へ帰投しました。ちなみにこの時、隣の船台で建造された戦艦「武蔵」の生存者を本土に送り届けています。

「隼鷹」は修理を受けますが、燃料や物資も欠乏しており、もはや空母の出番はありません。そのまま終戦を迎えます。機関が損傷していたこともあり、復員輸送に従事することもなく、1947(昭和22)年に解体されました。

 戦争に翻弄された「隼鷹」は、豪華客船として完成することはありませんでしたが、正規空母と同等以上の活躍を示し、その生涯を終えたのです。

【画像】デカい!これが空母「隼鷹」の飛行甲板です

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