よみがえるF-5の遺伝子 不遇の戦闘機メーカー、ノースロップ・グラマンの新たな野望

裏切られたノースロップ 「幻の陸上型戦闘機」F-18L

 ノースロップ社はF-5の成功に自信を深め、F-5の後継機市場を支配すべく軽量戦闘機の開発に傾注。またちょうどそのころ、アメリカ空軍は“恐竜的進化”に嫌気が差したのか、安価な軽量戦闘機に興味を持ち始めたため、同社はF-5で培った技術を投入した戦闘機YF-17「コブラ」を1974(昭和49)年に初飛行させ、これに応えようとします。

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右がのちにF/A-18「ホーネット」へ発展するYF-17「コブラ」で、左はノースロップYF-23「スパイダー」ステルス戦闘機。両機とも採用されなかった(関 賢太郎撮影)。

 このYF-17は、現在のF-16戦闘機「ファイティングファルコン」に破れ、アメリカ空軍への採用はなりませんでした、が、アメリカ海軍が空母で運用する艦上戦闘機として興味を示しました。

 しかしノースロップ社には、艦上戦闘機の経験がありませんでした。そこで同社は海軍御用達のマクダネル・ダグラス社(アメリカ)とともに、YF-17を原型とした艦上戦闘機F/A-18「ホーネット」を開発します。

 そしてノースロップ社は、慣れない海軍型F/A-18の権利をマクダネル・ダグラス社に売却したうえ、艦上戦闘機としての装備を省き、性能を向上させた陸上戦闘機型のF-18Lを開発。F-5の後継機市場に投入し、1000機は売るつもりでした。

 ところが、ここからノースロップ社の計画は狂い始めます。マクダネル・ダグラス社が裏切って、F/A-18を外国に売り始めたのです。ノースロップ社は激怒し裁判沙汰にもなりますが、「アメリカ海軍機」というこれ以上ない“箔”のあるF/A-18に対して、F-18Lは実機がまだ存在せず、「F/A-18以上の高性能」はノースロップ社が主張するだけの“カタログ性能”にすぎませんでした。結果、F/A-18は輸出に成功するも、F-18Lはなんと1機も売れずに終わります。

 ノースロップ社はこれにめげず、F-5を原型に、F-18Lと同型のエンジンを単発搭載(F-18Lは双発)したひと回り小さいF-20戦闘機「タイガーシャーク」を開発。1982(昭和57)年に初飛行させます。やはりF-5の後継を狙って、1000機は売るつもりでした。

 
    
 
    

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コメント

3件のコメント

  1. うん,F-20と言えばシン・カザマだね!!

  2. YF-23の愛称がスパイダー…?ブラックウィドー2では?

  3. F-5が先にあってT-38があとからアメリカ空軍に採用されたような書き方はおかしくないかな?
    初飛行はT-38のほうが早かったし、その前には米空軍との開発契約は結ばれていたはず。
    (F-5原型の戦闘機型は並行して自社開発)