「つくばエクスプレス」が「JR常磐新線」にならなかったワケ 「当社は手を引くだけ」 いまや黒字の優等生路線
開業20周年を迎えたつくばエクスプレスは、安定した収益・利益を上げる路線に成長しましたが、かつて「常磐新線」「常磐開発線」と呼ばれていた頃は、国鉄が検討していた路線でもありました。民営化後のJR東日本が、この計画から撤退した経緯を探ります。
3セクのTXは黒字路線に成長
2025年8月24日に開業20周年を迎えたつくばエクスプレス(TX)。運営する首都圏新都市鉄道は、茨城県、東京都、千葉県や、沿線の市区町村が計9割近くを出資する第三セクター鉄道です。しかしこの路線、構想段階では国鉄が“乗り気”で検討を進めていましたが、分割民営化でJR東日本が発足すると、たちまち計画から撤退してしまいました。どのような経緯があったのでしょうか。

3セク鉄道は経営が振るわないイメージがありますが、首都圏新都市鉄道は当初2025年度を想定していた単年度黒字化を2009(平成21)年度に早くも達成し、2017(平成29)年度決算で累積損失を解消。2024年度は営業収益、営業利益ともにコロナ前の2019年度を上回る数字を記録しています。
これほど有望な路線だったならば、自治体ではなく民間主導で経営すれば良かったのではないかと思うかもしれません。実際、1990(平成2)年までTXはJR東日本が営業すると考えられていました。鉄道に詳しい人はご存じの通り、TXは元々「常磐新線」と呼ばれた国鉄のプロジェクトだったからです。
常磐新線計画の発端は、過度の都心一極集中を是正するための中央官庁、大学の地方移転計画でした。1963(昭和38)年に移転先が茨城県の筑波に決まると都市計画の検討が始まりますが、中心地区への将来的な地下駅設置を想定しつつも、自動車依存型の都市として設計されました。
筑波研究学園都市は1968(昭和43)年に着工し、1973(昭和48)年に中心施設である筑波大学が開校しました。しかし公共交通で東京に行く場合は、バスで土浦または荒川沖駅に出て常磐線を利用する必要があり、乗り換え時間を含めれば上野まで2時間近くかかりました。
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