東京「大正通り」のナゾ 明治、昭和にあって大正にない「通り」の名前

東京の主要道路には、「明治通り」「昭和通り」がありますが、「大正通り」は見当たりません。元号を冠した通りがあるなかで、「大正」だけがなぜないのでしょうか。

「大正通り」=「靖国通り」? そもそもどんな道なのか

 そもそも、「靖国通り」はどのような道なのでしょうか。靖国神社の地元である千代田区の日比谷図書文化館に話を聞きました。

――「靖国通り」はかつて「大正通り」と呼ばれていたそうですが、どのような道路なのでしょうか?

 1923(大正12)年に発生した関東大震災の復興事業として計画された道路です。関東大震災では、地震そのものというよりも、その後に発生した火災によって多くの人が亡くなりました。このため防火対策として広い道路が建設されることとなり、そのひとつが昭和初期に完成した「大正通り」でした。

――もともとあった道なのでしょうか?

 一部は既存の道を拡幅し、一部は新規に建設されています。関東大震災の震災復興道路はいくつか計画されましたが、結局、南北と東西の幹線道路2路線だけが実現しました。南北の通りが、現在の港区田町から台東区入谷に至る「昭和通り」、そして東西の通りが、新宿から両国橋に至る「大正通り」です。

※ ※ ※

 先述の国立公文書館アジア歴史資料センターウェブサイトによると、関東大震災の復興期において、「帝都を南北に走る昭和通りと東西に走る大正通りは、道路整備計画の中心的な位置づけとなっていました」としています。

 なお、「明治通り」も同時期に造られています。東京の様々な道路の来歴をまとめた『東京の道事典』(東京堂出版)によると、「明治通り」は1921(大正10)年に東京都市計画街路改修事業のひとつとして着工、その2年後に発生した関東大震災からの「帝都復興計画」を踏まえて建設が続けられ、1932(昭和7)年に全通したといいます。愛称は公募によるものだそうです。

 ちなみに、「昭和通り」のすぐ東側には、「平成通り」も存在します。中央区の東京証券取引所前から、築地2丁目に至る南北の通りです。中央区道路課によると、「この愛称は地元からも案を募集し、1989(平成元)年に制定されたものです。『昭和通り』と並行すること、複数の町会をまたぐ道路のため、特定の町名に由来しない名前がふさわしいことなどから、『平成』という新元号が愛称に選ばれました」と話します。

※一部誤字を修正しました(4月12日12時15分)。

【了】

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コメント

2件のコメント

  1. 大正はなんとなく避けたいんでしょ。

    大正天皇が病弱であったとかではなく大正デモクラシーに対する嫌悪があるとか何とかいう理由もあるそうですし。

    昭和の日があって明治の日が制定されそうなのに大正の日が話にも出てこないのと同じでは。

    ましてそれが『靖国通り』じゃねぇ・・・

  2. 大正通といえば大正橋から大運橋までの方。

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