都県境越え、実に11回! 小田急小田原線と蛇行する境の謎(画像10枚)

飛び地と鶴見川が都県境を複雑に

 2018年7月の平日、柿生~玉川学園前間の9つの都県境を見るべく、柿生駅から小田急線に沿って歩いてみました。

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東京都道・神奈川県道3号線の標識から分かりやすい都県境2。当初の計画では、柿生駅、鶴川駅の代わりにここに駅が設けられる予定だった(2018年7月、栗原 景撮影)。
真光寺川の橋に位置する都県境3。高度経済成長時代にドブ川だった真光寺川は清流を取り戻しつつある(2018年7月、栗原 景撮影)。
鶴川駅のすぐ東にある都県境4。ちょうど信号機の辺りが都県境(2018年7月、栗原 景撮影)。

 柿生駅は、川崎市麻生区にあります。駅前広場のない北口から東京都道・神奈川県道3号線に沿って5分ほど歩くと、最初の都県境(地図の「都県境2」、以下同)が現れます。ここから約630mが、東京都町田市の区間。小田原急行鉄道の建設が決まった当初は、神奈川県柿生村と東京府鶴川村の境界で、ここに両村のための駅がひとつだけ設置される計画でした。

 線路の南側には、三方を川崎市と横浜市に囲まれた町田市三輪地区があります。地図で見るとほとんど飛び地のように見え、都県境を複雑にしている要因のひとつです。隣には、やはり川崎市の飛び地となっている岡上地区。ここは江戸時代に多摩郡(多磨郡)から都筑郡に移った村です。岡上村が都筑郡に移ったため、三輪は飛び地のようになりました。三多摩が東京府に編入された際には、三輪の住民が都筑郡への編入を政府に陳情しましたが、東京府は「地形上、三輪は南多摩郡にあった方が便利」と反対し、実現しませんでした。

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鶴川駅西側の都県境5。昭和末期まで、鶴見川はこの辺りを流れていた。手前の柵は神奈川県、右の民家は東京都に位置している(2018年7月、栗原 景撮影)。

 鶴見川の支流である真光寺川で神奈川県に戻った(都県境3)小田急線は、鶴川駅手前で再び東京都に入ります(都県境4)。この辺りは、1980年代以降川をまっすぐにして水害を防ぐ河川改修が進み、蛇行していた流路跡に都県境だけが取り残されています。その典型的な例が鶴川駅西側の都県境5で、“投げ縄”のような形で都県境が蛇行しています。この辺りは旧流路が親水公園に整備された所も多く、かつてこの辺りに何度も水害をもたらした鶴見川の歴史も感じ取れます。

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コメント

4件のコメント

  1. 町田市を神奈川県に編入しろと?

    • 町田市は昔、神奈川から東京都へ編入されたそうですよ

  2. むしろ川崎や横浜が東京都じゃないほうがおかしいって話もあるがな……

  3. 町田は神奈川県ですからな。
    横浜ジャイアニズムの支配下地域の特色も強いし。