沖縄走って40年「730バス」 2台だけ残った「右から左」の生き証人、いまも現役

沖縄県で、40年前のバスが2台、いまも走っています。通称「730(ナナサンマル)バス」。沖縄の本土復帰から6年後の「ある日」から一斉に走り始めた、歴史の生き証人ともいえる車両です。

「右側通行」から一夜にして「左側通行」へ そのときバスは…

 沖縄県で、導入から40年が経過したバス車両2台が現役で走っています。両車は沖縄の歴史における、ある転換点の「生き証人」といえる存在です。

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那覇市郊外を走る沖縄バスの三菱ふそう製「730バス」(画像:奥原崇達)。

 沖縄県は第二次世界大戦後、アメリカの統治下に置かれ、車両の通行ルールはアメリカと同じ「右側通行」とされていました。1972(昭和47)年、沖縄は日本へ復帰しますが、特措法(沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律)に基づき、右側通行は継続されました。

 しかしこれは、「ジュネーヴ交通条約」における「一国内で右側通行と左側通行の混在を認めない」という決まりに矛盾。そこで、本土と同じ左側通行に変更されることとなりました。ここで困ったのはバス車両。それまでは右側通行だったため、乗降口は車体の右側。左側通行であれば当然、乗降口が左側に設けられたバスが必要になります。

 乗車口を左側にするためには運転席を右側に移動させる必要がありますが、既存の車体すべてに、短期間でここまで大掛かりなレイアウト変更を行うのは不可能。当時のバス会社にできることは、新車を購入することのみでした。

 そこで、当時の沖縄でバスを走らせていた那覇交通、琉球バス(現・琉球バス交通)、沖縄バス、東陽バスの4社はそれぞれ、いすゞ自動車、日産ディーゼル工業(現・UDトラックス)、日野自動車、三菱ふそうにそれぞれ車両を発注。通行車線が切り替えられる1週間前には、沖縄の米軍基地跡地に新しい右ハンドルのバスが大集結しました。そして1978(昭和53)年7月30日、左側通行への一斉切り替えが実施されるとともに、新しいバス車両が沖縄中を走り始めることとなったのです。

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コメント

2件のコメント

  1. 日野の爆音エンジン音がたまりませんなあ

  2. このとき用済みになった右側通交用バスは台湾にドナドナされたそうで。