「敵に『まさか!』と思わせた航空作戦」3選 零戦の真価 原子炉爆撃 イギリスの意地

「奇策」を用いるのはいにしえの合戦に限ったものではなく、科学技術が進んだ20世紀以降の戦争においても、洋の東西を問わず見られるものです。現代の戦争で相手をあっと驚かせたであろう航空機による作戦を見ていきます。

航空機による作戦でも奇策を用いることは重要

 中国 春秋時代の武将、孫子(孫武)は自著である『兵法』の「勢篇」という項目で、「戦において簡単に負けない軍は、正攻法と奇策の使い分けがうまい」と解釈ができる言葉を残しています。

 これは航空機が誕生し、より三次元的な戦いが展開されるようになった20世紀以降も変わりません。有利に戦いを進めるには、正攻法で攻めるだけではなく、敵軍に「まさか!?」と思わせる作戦が時に必要です。今回はそう相手に思わせたであろう航空機を用いた作戦を3つ見ていきます。

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空母「赤城」を飛び立つ零式艦上戦闘機。吊り下げているのが増槽(画像:アメリカ海軍)。

「まさかこの距離での爆撃に護衛機がついているとは…」

 日本時間1941(昭和16)年12月8日、日本海軍の機動部隊が真珠湾攻撃を終えたおよそ4時間後の午後1時、ある意味では真珠湾攻撃以上に戦局を有利に進めるための、重要な作戦が行われました。フィリピン ルソン島中西部にて、アメリカ軍航空戦力の一大拠点となっていたクラーク、イバ両飛行場への爆撃です。

 当時、両飛行場には長距離爆撃の可能なB-17が多数配備されており、台湾などの飛行場やマレー半島で作戦中の部隊には脅威でした。そこで、日本海軍航空隊は開戦と同時に打撃を与えようと、台湾から飛ばした陸上攻撃機での空襲を計画。その際、迎撃に上がったアメリカ軍は驚きます。なんと、零戦(零式艦上戦闘機)の護衛がついていたからです。

 台湾からクラーク基地までは約830kmあり、当時の常識では護衛して空戦はおろか、たどり着ける戦闘機はないと思われていました。しかし、当時の日本海軍主力機である零戦二一型は、新開発した落下増槽などを組み合わせるとなんと約3000kmの飛行が可能で、現地で数分間空戦しても帰還できました。

 意表を突くことに成功したこの空襲は効果抜群で、1日で両飛行場の戦力は半減しました。アメリカ軍は当初、近海に空母がいると思ったそうです。なお、日本軍も最初は空母での攻撃を計画しましたが、使えるのが「龍驤」などの軽空母しかなく、作戦参加機数に不安があったため、零戦の航続距離に賭けたそうです。この成功体験が、のちに零戦の航続距離を頼りにしすぎた無謀な作戦に変わっていくのですが、この時点では大きな効果を発揮しました。

【画像】まさかこの距離を飛ばすとは…フォークランド戦争 アセンション島の位置

 
    
 
    

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コメント

1件のコメント

  1. 日本は奇襲なら強いがアドリブには弱くて負けた?