改造しまくりで原形とどめず 日本の実験機「UF-XS」の試行錯誤 US-2救難飛行艇の始祖

アメリカ製飛行艇に新機軸をてんこ盛り

 アメリカ海軍のUF-1飛行艇1機が1960(昭和35)年12月6日、神戸市東灘区にある新明和工業の甲南工場に搬入され、翌年4月から改造工事が始まりました。

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岐阜かかみがはら航空宇宙博物館で展示されるUF-XS。乗員は操縦士2名、機上整備員、機上計測員の計4名だった(2009年3月、柘植優介撮影)。

 改造は大規模なもので、あらゆる場所に手が加えられました。原型のUF-1はエンジン2基の双発機ですが、左右のエンジンの外側に1基ずつエンジンを増設して4発機にし、水平尾翼は海水の飛沫を避けるために垂直尾翼の上端に移設しT型配置へ変更、これにともない垂直尾翼の形状も大幅に改められています。

 また機体下面(艇底)は一新され、飛沫防止のための波消し装置や波押さえ板、水上滑走時の安定性を高める水中安定板なども新たに設置されました。

 このほかにも低速時の操縦安定性を確保するため、日本初のコンピューターによる自動飛行安定装置を搭載したほか、短距離離着水を実現するための揚力向上装置として高圧空気吹き出し用のガスタービンエンジンを2基増設しています。

 この大改造は、原型であるUF-1飛行艇の面影が操縦席周りにしか残らないほどで、完成まで1年半以上かかりました。UF-XSは1962(昭和37)年12月20日に初飛行し、翌年3月30日から長崎県で各種試験を開始、約2年間テストに供された後、PS-1初号機の完成と入れ替わる形で1967(昭和42)年10月に用途廃止となりました。

 最新技術を集めたPS-1対潜飛行艇はそののち、陸上哨戒機の探知能力向上や、飛行艇そのものの運用の難しさなどから、1989年(平成元年)3月で退役しています。しかし、海上における優れた離着水性能などを実現するために培われた技術は、のちのUS-1救難飛行艇や現用のUS-2救難飛行艇へと生かされ、継承されています。

 UF-XS実験用飛行艇は、新明和工業が製作した50機の国産飛行艇にはカウントされていないものの、その存在は意義あるものだったといえるでしょう。

【了】

【写真】UF-XSの母体になったアメリカ製のUF-1飛行艇

Writer: 柘植優介(乗りものライター)

子供のころから乗り物全般が好きで、車やバイクはもちろんのこと、鉄道や船、飛行機、はたまたロケットにいたるまですべてを愛す。とうぜんミリタリーも大好き。一時は自転車やランニングシューズにもはまっていた。

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