進む羽田空港の国際線化 いつ・なぜ始まったのか 以前は「羽田は国内 成田は国際」

東京五輪に向け一層の国際線化が進む羽田空港ですが、かつてはほぼ国内線専用空港でした。どういった経緯で国際線化が進み、背景は何だったのでしょうか。またその影響を受ける成田空港では、意外な結果もみられました。

「ほぼ国内線」の羽田の転機は「4本目の滑走路」

 感染拡大が続く新型コロナウィルスの影響があるものの、羽田空港は2020年3月29日(日)から国際線の大幅な増便が始まり、これを対象に東京都心を通る新飛行ルートも施行を予定されるなど、年を追うごとにその国際線航空便の割合が多くなっています。

 ところで、羽田空港はかつて、1978(昭和53)年から2010(平成22)年までの32年間、「ほぼ国内線専用空港」として運営されていた過去を持っています。どういった理由で、これが現在のような国際線も充実した空港へと変わったのでしょうか。

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羽田空港。奥に見えるのが国際線用の第3ターミナル(2020年1月、乗りものニュース編集部撮影)。

 1978年までの羽田空港は、国際、国内両方の路線便が発着していましたが、高度経済成長を背景に航空需要が増え続けており、当時のキャパシティでは対応しきれなくなったため、もうひとつ首都圏に空港を作ることとなります。これが現在の成田空港で、そこからは「国内線は羽田、国際線は成田」といった棲み分けがされていました。

 成田空港開港後も、首都圏の航空需要は年ごとに増え続けており、これに対応するため羽田空港では2001(平成13)年、4本目の滑走路であるD滑走路が建設されることになります。

 そして2010(平成22)年に完成したこの滑走路が、「棲み分け」の転機となります。滑走路を増やすことで便数を増やせるようになったことから、羽田空港には国際線の定期便が開設され、同年に24時間利用ができる国際線ターミナル(現在の第3ターミナル)も作られました。

【表】伸びる成田空港の発着回数と利用者数

 
    
 
    

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コメント

1件のコメント

  1. 昔、成田空港反対派は「廃港」などといっていた。しかし新型肺炎の蔓延による航空重要減が続けば、羽田とは貨物と旅客で住み分けが可能だったりして。少なくとも、不安全が噂される羽田への陸側からの侵入ルートを運用するのは取り止めてもらいたい。