まるで金属風船! 「最も醜い航空機」ことスーパー・グッピー なぜ異形に? 先祖は爆撃機
「金属風船ボディ」が生まれるまで
1960年代のアメリカでは、NASA(アメリカ航空宇宙局)が中心となって、宇宙開発にまい進していました。そのようななか課題となったのが、西海岸で製作した宇宙ロケットを、東海岸の発射場まで輸送することでした。
アメリカは国土が広く道路も発達していたものの、超巨大な宇宙ロケットを安全に輸送するためには空輸がベストでした。ただ、NASAといえども、さすがに新型の航空機を開発するのは難しいことでした。そのようななか、リー・マンスドルフ氏とジョン・M・コンロイ氏が、旧式機の輸送機にロケット部品を搭載できる大きな貨物室を設備するように改造することをNASAに提案して、その案が採用されました。
その後同案の採用にむけ、エアロ・スペースラインという専用の輸送会社が設立され、機体を改修することとなります。パンアメリカン航空とブリティッシュ・エアウェイズのボーイング337を改造して、直径6mの円形の貨物室を取り付けた機体を製作し、運航しました。この機は、「妊娠した(魚の)グッピー」の意味をもつ「プレグナント・グッピー」という機名が採用されています。これが「グッピー」シリーズの始まりでした。
「スーパー・グッピー」では、胴体直径を従来機よりひと回り大きい7.6mとし、キャパシティ向上のための改修を加えました。エアロ・スペースラインはNASAがアポロ計画を推進するために、特大カーゴを輸送する機体が必要となり、「スーパー・グッピー」含む「グッピー」シリーズを7機製作しました。また、搭載していたレシプロ・エンジンは出力こそ高かったものの、整備や部品供給に難点があったため、うち5機はその後、取り扱いの容易な同出力のターボ・プロップエンジンに換装されています。
いまも「スーパー・グッピー」はNASAで運用中。機番は「N941NA」で、デビューは1980(昭和55)年と記録されています。
ちなみに、先述のとおり「スーパー・グッピー」はボーイング社の飛行機がベースとなっているのですが、エアバス社が4機のスーパー・グッピーを使用して、エアバス機の部品を輸送していた時期がありました。そのため、一部からは「エアバスの翼はボーイング製」と言われたエピソードもあります。なお現在も、エアバス社のお膝元、フランスのトゥールーズには「スーパー・グッピー」が展示されています。
【了】
Writer: 種山雅夫(元航空科学博物館展示部長 学芸員)
成田空港隣の航空科学博物館元学芸員。日本初の「航空関係専門学芸員」として同館の開設準備を主導したほか、「アンリ・ファルマン複葉機」の制作も参加。同館の設立財団理事長が開講した日本大学 航空宇宙工学科卒で、航空ジャーナリスト協会の在籍歴もある。
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