人力最速! 自転車王国イタリアが誇った「自転車兵団」とは MTB=軍用だった?
第1次大戦前に完成の域に達したイタリア軍用自転車
1900(明治33)年には折畳み式自転車の特許を取得したコスタ社やカッラーノ社で軍用自転車が数多く製造されるようになります。しかし折り畳めるというだけで、その重量は14kgありました。そこでさらなる改良が加えられた結果、タイヤ直径60cmで重量12kgのものが開発されます。これにより、舗装路なら完全武装の部隊は120kmの距離を7~8時間で移動できるまでになりました。これは自動車やオートバイの登場以前では、路上で最速の存在といえるものでした。
しかし様々なメーカーで製造されたものを逐次導入していたため、軍用自転車の規格はバラバラでした。そこでイタリア陸軍は型式の統一化を図ろうと、1911(明治44)年にトライアルを開始します。これにボッセリ社やカッラーノ社、ゲラール社、スタイアー社などイタリア内外の自転車メーカーが参加。最終的に現在も世界的なスポーツ自転車メーカーとして知られるビアンキ社の創立者、エドアルド・ビアンキが実用新案特許を取得した新型の折畳み式自転車が、M12型として採用されました。
ビアンキのM12型は平行四辺形のフレームで、その上下2か所に折畳みヒンジが付き、前輪にブレーキと共にサスペンションを設置していました。これは不整地での走行性能をできるだけ高めようという思想によるものでしたが、考え方は現代のMTB(マウンテンバイク)にも通じるものといえるでしょう。
なお軍用自転車として、フレーム左側面には騎兵小銃ラックが、後輪の泥よけフェンダー上部には兵用リュックが取り付けられ、将校用にはワイヤー作動式後輪ブレーキが追加されていました。
さらに、ビアンキでは機関銃を運搬可能なM14型も開発しています。このタイプは、フィアット水冷式機関銃を載せることができるよう、上部フレームが途中から低くなっているのが特徴で、これにより機関銃本体だけでなく三脚の取り付けスペースまでも確保していました。
これら軍用自転車は、1914(大正3)年6月に第1次世界大戦が始まると前線で大量の自転車が必要となったことで大量生産されることとなり、ミラノのビアンキ社では6万台の軍用自転車を製造、同社の成長に貢献しています。
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