人力最速! 自転車王国イタリアが誇った「自転車兵団」とは MTB=軍用だった?

自転車競技が盛んなイタリアは、軍用自転車に着目したのも早く、19世紀には自転車部隊を編成、20世紀初頭には軽量な折り畳み式自転車まで開発、配備していました。そして第1次大戦では片脚の自転車兵まで登場したといいます。

第1次大戦で勇戦した片脚の英雄

 このようにイタリアでは20世紀初頭から軍用自転車の大量導入が始まっていますが、これら軍用自転車を運用するために1903(明治36)年に4個ベルサリエーリ(狙撃兵、のちの機械化歩兵)連隊に専用の自転車部隊が創設されています。

 1910(明治43)年には、イタリア陸軍が保有する12個ベルサリエーリ連隊すべてに1個ずつ自転車大隊(各3個中隊)が編成されるほどになりました。これにより、第1次世界大戦では、各ベルサリエーリ自転車部隊は快速を活かして偵察・連絡などに活躍、ヘルメットに付けた羽根飾りをなびかせて前線で自転車を駆る姿が各地で見られたそうです。

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折り畳み式軍用自転車に乗る、1940年代のベルサリエーリ部隊自転車兵。第2次大戦では軍用車やバイクが主流になったが、一部では自転車部隊も残されていた。(吉川和篤所蔵)。

 そうした中に片脚の自転車兵エンリコ・トーティがいました。鉄道員であったトーティは事故で左脚を失いましたが、不屈のスポーツマンであった彼は片脚用の単ペダルの自転車を独自に発明して、ヨーロッパ周遊や北アフリカまで行く自転車旅行の数々を行いました。

 第1次世界大戦が始まると、トーティは第3軍司令官アオスタ公に直訴してベルサリエーリ部隊に配属されます。自転車に乗った片脚の兵隊というのは、ほぼ聞いたことがありません。

 まるで、のちの第2次世界大戦中にドイツ空軍で片脚のパイロットとして勇名を馳せたルーデル大佐を彷彿とさせます。自転車に松葉杖を積んで最前線で戦ったトーティでしたが、1916(大正5)年8月、イソンゾ戦線における攻防戦での突撃で、戦死してしまいました。

 とはいえ一説によると、敵に松葉杖を投げつけ「我は死なず!」と叫んで死んだとのことで、死後その勇敢さを称えて戦功章金章が授与されています。なお、その英雄談は戦時下のイタリア国民を勇気づけ、後にトーティの名前は潜水艦や国内の多くの通りにも付けられるほどでした。

 第1次世界大戦後もイタリアの折畳み式軍用自転車は改良が続き、第2次世界大戦においてもバルカン半島からロシア戦線まで連絡や偵察用に幅広く使用されました。戦後、イタリアの自転車部隊は廃止されますが、その伝統は他国にも影響を与え、イタリアと同様に国境が山岳地帯のスイス陸軍は、2003(平成15)年まで自転車部隊を運用し続けています。

【了】

【イタリアでは英雄】片脚の自転車兵トーティと片脚ペダルの自転車

Writer:

1964年、香川県生まれ。イタリアやドイツ、日本の兵器や戦史研究を行い、軍事雑誌や模型雑誌で連載を行う。イラストも描き、自著の表紙や挿絵も製作。著書に「九七式中戦車写真集」や「イタリアの中戦車・重戦車写真集 」、「イタリア軍写真集」など。

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