【空から撮った鉄道】武蔵野線と京葉線内に構成される3ヶ所のデルタ線

首都圏の外郭を環状するようにして伸びる武蔵野線と京葉線には、3ヶ所のデルタ線が存在します。武蔵野線は元来貨物線として整備された歴史があり、デルタ線は接続する各路線へ円滑に乗り入れられるジャンクションとして整備されました。

この記事の目次

・外郭環状線で貨物を振り分けるのは自動車の世界と同じ
・3ヶ所のデルタ線はいっぺんに撮影
・最初の撮影は西浦和駅東側のデルタ線
・新松戸駅のデルタ線は流鉄も絡んで複雑な形状
・最後は京葉線のデルタ線

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外郭環状線で貨物を振り分けるのは自動車の世界と同じ

 武蔵野線は、国鉄時代に計画された貨物線の外郭環状線として整備された路線で、1976(昭和51)年に完成しました。線路は、東海道本線支線の新鶴見操車場(現在の新鶴見信号場)から武蔵野台地の地下を潜り、多摩川付近で地上へ出て、中央本線の西国分寺駅と直交します。そのままぐるっと北東へ進み、東北本線南浦和駅、南下して常磐線新松戸駅、総武本線西船橋駅とそれぞれ直交して、京葉線へと合流していきます。

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武蔵野線西浦和駅東側に位置するデルタ線(画面左上)。埼京線との乗換駅武蔵浦和駅が右下に見える。埼京線の武蔵浦和駅にはE233系7000番台が停車中(2021年5月14日、吉永陽一撮影)。

 ぐるっと首都圏の外郭を環状する線形は、貨物列車を首都へ流入させずに郊外を走らせて、各方面へ捌くのを目的としていました。例えば東海道本線からの貨物列車を、東北や常磐方面へ捌くために、今までは中心部を走る山手線の貨物線を経由していましたが、増大する都市部の旅客輸送と分離させるため、国鉄は武蔵野の郊外へ外郭環状線を開通させたのです。当初は貨物線でしたが、そのうち旅客も営業することとなって、武蔵野線が誕生しました。京葉線も貨物線として整備されたので、当初の計画では東京貨物ターミナル駅まで伸びる予定でした。現在、りんかい線の一部路線として旅客化されています。

 ざっと生い立ちを説明すると、こんな感じです。外郭環状線で貨物輸送を郊外で振り分けるというのは、外環道を経由する自動車の世界と同じですね。

3ヶ所のデルタ線はいっぺんに撮影

 さて、貨物線として整備された武蔵野線は、各路線と直交で接続する駅が多いです。それぞれの路線へ貨物列車を乗り入れるには、何らかの短絡線を設けねばなりません。そこで接続する各駅では、付近に短絡線を設置しました。

 府中本町駅では南武線への乗り入れが可能で、西国分寺駅では中央本線と単線で乗り入れています。特筆されるのは京葉線も含めてデルタ線が3ヶ所もあることで、西浦和駅の東側、新松戸駅、西船橋駅の南側に、それぞれ設置されました。

 デルタ線を観察するのは、断然に空からが分かりやすいです。高架になっている線路が左右に綺麗に分かれる姿は、高速のジャンクションみたいな幾何学模様で、広々として気持ち良いものです。

 空撮する時は3ヶ所分けてではなく、いっぺんに撮りました。首都圏を西から東へ移動するのは、セスナ機だとそんなに苦ではありません。1時間どころか数十分もあれば西国分寺駅から西船橋駅まで行けます。ただし、これに電車の通過時刻を組み合わせるとタイミングを合わせる必要があるので、少々時間がかかってきます。今回は線形を見せるため、電車の存在は二の次にしました。

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Writer: 吉永陽一(写真作家)

1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。

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