5年52隻の大計画! 米軍の大姉妹「クリーブランド級軽巡」の“数は力なり”思想
大戦後はミサイル巡洋艦へ変身
さらにクリーブランド級軽巡洋艦には、当時のアメリカ海軍が各艦に搭載していたさまざまな電測兵器ももちろん備えられていました。レーダーだけでも、対空用、対水上用、戦闘機誘導兼対空警戒用と、実に3~4種類(艦によって差異あり)を機能別に搭載していたのです。
高速で対空兵装に優れたクリーブランド級は、エセックス級艦隊空母を中心とする空母機動部隊の直掩艦として重用されました。同時期にアメリカは駆逐艦戦隊旗艦を兼任する防空巡洋艦としてアトランタ級軽巡洋艦を設計・建造しているものの、こちらは船型が小さく復原性なども不足していたことから、空母機動部隊の直掩任務に関しては、隻数も多く優秀な本級は頼りにされていました。
加えてクリーブランド級は6インチ砲12門を備えていたので、島嶼上陸作戦時の艦砲射撃においても重用されています。
なお、クリーブランド級の優れていた点は、この大きな船体と豊富な武装だけではありませんでした。空母とともに日本の熾烈な攻撃にさらされ、第一線で戦い続けたにもかかわらず、27隻の大姉妹艦であるクリーブランド級で戦没した艦は1隻もありません(ただし2隻は戦後に就役)。
さらに大戦後には、クリーブランド級のうち6隻が、艦対空ミサイルのタロス(3隻)またはテリア(3隻)を搭載したミサイル巡洋艦に改修され、1970年代初頭まで現役で運用されていました。これも軽巡洋艦としては比較的大柄といえる1万トンクラスの船型だからこそであり、その余裕ある設計が、戦後しばらくのあいだも同級が現役であり続けられた要因の一つになったといえるでしょう。
アメリカ海軍では、量産されたエセックス級空母を「標準型艦隊空母」と称しますが、それに勝るとも劣らない優秀艦といえるのが、クリーブランド級軽巡洋艦だと筆者は考えます。同級はまさしく「数は力なり」を地で示した、第2次世界大戦におけるアメリカ海軍の「標準型軽巡洋艦」なのです。
【了】
Writer: 白石 光(戦史研究家)
東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。
コメント