裏ワザで他国より有利に? ロンドン海軍軍縮条約での日本空母の台所事情
客船も空母に改造することも考えていた
さらに、日本は優秀な客船を戦時に空母へと改装することも、折り込み済みでした。1929(昭和4)年に就航した、大型客船の浅間丸型3隻を空母に改装する予定だったのです。浅間丸型は、戦時には排水量1万6800トン、搭載機数38機、速力20ノット(約37km/h)の空母になるはずでした。
結局、浅間丸型は空母に改装されることはありませんでしたが、日本は、その後も空母改装に適した優秀客船に助成金を出し続け、橿原丸型は隼鷹型空母へ、新田丸型は大鷹型空母へ、あるぜんちな丸型は海鷹型空母へとそれぞれ改装されることになります。
優秀客船の空母改装は、イギリスなど各国でも研究されていたものの、計画的かつ大規模に戦力化したのは日本だけでした。
なお、イタリアでは客船「ローマ」が空母「アクィラ」に改造されたなど、他国でも空母改装事例が全くないわけではありませんでしたが、設計段階から空母化を織り込んでいたわけではありませんでした。
もし、空母予備艦や商船改装空母が存在しなかったなら、日本はミッドウェー海戦で敗北した後で、翔鶴型2隻と「鳳翔」「龍驤」しか空母がなくなっていたでしょう。そうしたことを考えてみると、日本の空母整備は効果的だったともいえるのです。
【了】
Writer: 安藤昌季(乗りものライター)
ゲーム雑誌でゲームデザインをした経験を活かして、鉄道会社のキャラクター企画に携わるうちに、乗りものや歴史、ミリタリーの記事も書くようになった乗りものライター。著書『日本全国2万3997.8キロ イラストルポ乗り歩き』など、イラスト多めで、一般人にもわかりやすい乗りもの本が持ち味。
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